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(c)安野 光雅
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中山千夏というと・・・「がめつい奴」の子役、フォーク歌手、ウーマンリブ運動、国会議員などなどいろんな顔を思い浮かべると思いますが、インターネットで検索すると「チナチスト」なんていうページも出てきます。今回旅に行って頂くきっかけになったのは 「最近のちなっちゃん知ってる?」と永六輔さんからのお話、「ダイビングに凝ってもいるようだが古代史の勉強振りには感心させられちゃうよ。とにかく面白の、神話とか地面を掘る話が」で、調べてみると「新・古事記伝」「イザナミの伝言」「姫たちの伝説」等小説や市民運動関連の著作に交じって古代史の本が沢山見受けられ・・・ということで今回の旅とはなりました。  行先は千夏さんの古代史の先生お勧めの宮城県の鳴瀬町、というと「それって何処?」・・・あの日本三景の松島湾の一番奥に浮かぶ宮戸島、日本有数の里浜貝塚があるという島です。日本三景と縄文文化というなかなか面白い組み合わせになりました。(写真:まずは、奥松島嵯峨渓遊覧船で島の絶景を)

 



 
         
 


奥松島縄文村


6000年ほど前に縄文人が住み始めたという松島湾沿岸、その 中でも鳴瀬町の宮戸島里浜には、日本で最大規模といわれる里浜貝塚が残されています。人々は食料の豊かな土地を求めて集落を変えていましたから、残された貝塚の規模によってその土地の住み易さを知ることが出来ます。大規模なことで知られる青森の三内丸山遺跡に縄文人が住んだのは1500年ほど、ここには4000年もの長い間住んでいたといいますから弥生時代に入っても人々が住んでいたこの里浜の豊かさはなかなかなものだったようです。そんな訳で島中が貝塚という感じです。普通のお宅の裏山も断面は貝殻や土器や石器などが出ている・・・この島の縄文文化をわかり易く、面白く見られるように工 夫された歴史資料館の学芸員菅原さんとの島歩きのお話は放送でということで・・・ ご覧頂くと良くわかりますが、例えば魚の背骨ひとつから分かって来ることの多いこ とに驚きます。       

写真上:歴史資料館の壁に飾られている2500年前の貝層の断面、厚さ一メートル足らずですがこれで20年分ぐらいとのこと       
写真中:個人のおたくの裏山土器の破片を見つけました。(許可無く掘る事は勿論、持って帰ってもいけません)       
写真下:この草地も貝塚。縄文人が見ていたのと同じ風景の中を歩く不思議さも楽しいものです。  

一般庶民の暮らしぶりは縄文人が一番良くわかるそうです。なぜなら貝塚があるために何を食べ、どんな道具を使っていたかなどを知ることが出来るそうですが、弥生、奈良、平安などは文字資料で知るばかりで、これは中央の事柄ばかりで庶民のことは良くわからないとか、魚の骨はどうやって見分けるのかとか菅原さんの話は、番組で全部は紹介し切れません。松島へいらしたらぜひ足を延ばして縄文村へどうぞ。

ここでは、土器を作る、縄文料理を作る、勾玉細工をするな どの縄文体験のイベントも開かれています。

 








 
 


古代米(赤米、黒米)

この島の民宿の晩ご飯の材料は昔の人々と同じ、目の前 の海で獲れる魚、ご飯も古代米の赤米黒米を栽培しています。丁度稲刈りが終わったところ、今の稲とは違って随分と背が高いものでした。(写真上:黒米の稲 /写真下:黒米のごはん、お赤飯のようでもあります)

 



 
         
 


このほかにも洞窟レストランで頂く焼きカキ、伊達政宗が遊んだ島など、日本三景松島湾ならではの楽しそうな縄文と現代を行ったり来たりの、ここでは紹介できない物もありますのであとは例によって放送で・・・

「過去6000年、未来は永遠、なにをあくせくのんびりいこうよ、そんな声が島のあちこちから聞こえそうな奥松島でした」という番組25,6年ぶりの中山千夏さんのそんなこんなの縄文と遊んだ旅です。

     
 
 
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