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(c)安野 光雅
  みどころ  
 

「金八先生」に登場する、ちょっと厳しい数学教師でお馴染み、俳優の森田順平さんが春爛漫、桜満開の奈良県吉野を巡る今回の旅。はるか昔、僅か57年の間でしたが、後醍醐天皇が吉野に南朝を開きました。吉野の人々は今もなおそのことを誇りに思い続け、その時代に生まれ、伝えられた伝統や文化を大切に受け継いで生きています。
旅の初日、メガネをかけて登場した森田さんは「金八先生」で見なれたお顔とはガラッと違った印象。「メガネをかけたらホントの僕に戻るんです。これはホントの僕が旅するんだからね。」そんな森田さんが向かった吉野山。ご存知古くからの桜の名所です。ひと目千本、といわれる見事な桜、始めて出会う味、やさしい人々…目にも舌にもおいしい春の旅です。(写真上「ひとめ千本の桜を背景に/桜が一番多い吉野山の中腹、中千本」・写真下「まさに満開。吉野の山が桜色に染まります。」)

 









         
 


陀羅尼助丸

吉野山が開かれたのは奈良時代。1300年前の開山と同時に誕生した漢方薬が<陀羅尼助丸>。現在では参拝者に人気のお土産のひとつです。原料は(黄ばく)(ヒキオコシ/別名:延命草)(ゲンノショウコ)(センブリ)など全て天然。万能薬として、もちろん現在でも地元では有名。…しかし実はこの薬、もともとは薬というより全く別の用途で、吉野にこもった修験僧たちが我も我もと使っていたのだそうです…。特に「陀羅尼教」の僧達に人気だったということで、それが名前の由来にもなったのだそうです。一体何の為に使っていたのか… 森田さんはその小さな黒い粒を一口食べて思わず「うぅぅっ、」と声を漏らしました。(写真上「これが原料。100%天然素材です。」・写真下「森田さんも昔から愛用しているそうです。」)

 




 
 
吉野雛

吉野雛の特徴は桜の木肌を生かした小ぶりのものであること。顔はミズキという白肌の木地でできています。奈良時代大海人皇子(のちの天武天皇)が吉野の豪族から桜の人形を贈られたのが始まりだとか。南朝時代には守り人形として人々に愛され、現在に至ります。桜の木といっても国立公園の中の吉野桜を使うのはタブー。他の土地の桜を利用しています。広辞苑をひくと「吉野雛…宮中の衣冠束帯を着けたお雛様…」とあります。吉野雛は、その昔確かに吉野に宮中が存在したという証しでもあるのです。(写真上「一つ一つ手造りのお雛様。皆、顔が違います。」・写真下「伝統を受け継ぐ2代目、太田豊茂さんと。」)
 


 
         
 
吉野杉・磨丸太

吉野杉は桜にもまさる吉野の特産品。種から育てている杉林を訪ねます。そこでおばさん達が丁寧に丁寧に磨いていたのは、日本間の床林などに使う丸太、「磨き丸太」。30年以上育てた太く立派な磨き丸太が、実は意外とお手頃価格、「15万円」だそうです。(写真上「最後の仕上げは手作業です。」・写真下「完成した磨き丸太はずらっと並べて干します。」)
 
 
         
 
吉野割り箸

割り箸と聞くと、すぐに<森林破壊>と連想する人も多いのでは…。しかし、吉野の割り箸は全て建材をとった残りの端材から出来ています。近年、木目の美しい高級割り箸に力を入れる吉野では様々なブランド割り箸を作っています。中でも最も高級なのは「杉の割り箸」ついで「ひのきの割り箸」。なぜひのきは杉に劣るのか…。意外な裏事情を森田さんが聞き出します。(写真「割り箸のいろいろなお話を伺った辻本さんと。」)
   
         
 
柿の葉すし

海から遠い吉野地方。遠方から運び込まれる魚をいかに日持ちさせ、美味しく食べるか―。先人たちの工夫が抗菌・防腐の作用がある<柿の葉>を利用した押し鮨、「柿の葉すし」を生み出しました。地元でも評判の店「ひょうたろう」のご主人の話によると、「柿の葉すし」には"おすすめの食べ頃"があるそうで、最も美味なのは作った日から2日のもの。3日目の味もおつなもの。もちろん作りたても。要するに、お好み次第ということでしょうか。昔はなんと1週間ももたせて食べたそうです。(写真上「柿の葉と寿司、吉野ならではの組み合わせです。」・写真下「後ひくおいしさに、ついつい"もう一つ"」)
 
 
         
 
吉野和紙

重要文化財の修復にかかせないのが吉野和紙。文化庁からの注文で大忙しの福西和紙本舗でお仕事拝見。吉野和紙の特徴は紙自体が持つ独特の粘り。丈夫で伸縮せず、いつまでも日焼けしないというすぐれものです。家内手工業の形態で全ての製作工程が手作業で進められていく吉野和紙。そうして完成した和紙は意外な使われ方をします。重要文化財の修復はもとより、高級掛軸などにも用いられているのですが…。一体どのように使われるのでしょうか。森田さんも「なるほど」と深く頷いた、"縁の下の力持ち"、吉野和紙との出会いです。(写真上「真白い和紙が干してある光景、心が洗われます。」・写真下「和紙造りの匠、福西さんと。」)
 

 
         
 
お田植え祭り

旅の最後に訪ねたのは水分神社。「水」を「分」けると書いて「みまくり」と読みます。つまりこの神社は水を配分する神様を祀ったお社。この神社で毎年4月に「お田植え祭り」が行われるのですが―。実は吉野のような平地のない山奥で田植え祭が行われるというのは民俗学的に非常にめずらしいこと。田植作業の過程を人と牛とがユーモラスに演じ、最後に稲が実ったところで「めでとうそうろう」と締めくくります。―本来田んぼの中で行われる祭りと承知の上で、それでも深い山奥の神社で吉野の人々は「お田植え祭り」を行なってきたのです。山に暮す人々の稲作に対する切なる想いを今に伝える春の祭りです。(写真上「境内のしだれ桜。お田植え祭の時に満開なのは珍しいそうです。」・写真下「もうすぐお子さんが産まれる森田さん。しっかりお祈りしてきました。」)
 



 
         
  1000年も昔のことを、つい先頃に起こったことのように話す吉野の人達―。変わらぬ景色の中で大切に守り継がれてきた吉野の伝統を肌身で感じる…そんなこんなの森田順平、春の吉野の旅でした。
     
         
 
 
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