今回の旅は友常 裕君のデビュー作であります。プロデューサーの私が言うのも変ですが、34年、1677回という先輩の付けた道がず〜っと向こうから続いて来ている訳ですから、演出をしたいと希望すればすぐ出来るという事もなく、企画を出し続ける一方、まわりのスタッフにも認められてやっと実現、それからは心配事というか「これで良いだろうか」という不安の毎日という事になります。 番組当初からの森ディレクターですら毎回ロケハンに出かける時は「面白い人に出逢えるだろうか、誰もがへぇ〜と興味を持つようなネタを見つけられるだろうか、天気は大丈夫だろうか・・・」等心配事は尽きないという話を折に触れてしていましたから、友常君はなおさらだったでしょう。 そんな中での北関東の旅、デビュー作は山村レイコさんと里山の暮しを、と決めていたようで「友ちゃんらしい素材が揃ったね・・」と先輩たちに励まされての旅立ちとはなりました。結果は放送をご覧になった皆さんのご意見も頂きたいと思いますが、旅はお天気にも恵まれ(お天気も演出の内というのは我がチームでの合言葉でもあります)渡良瀬川流域の里山に暮らす人々の”我が人生を往く”その生活振りにとても良い出逢いをすることが出来ました。(場所は北関東ですが、里山のある風景の日本の典型のような気もしましたが、皆さんはいかがでしょうか)( 写真:渡良瀬遊水地の広大な葦原で一つ背を伸ばしての旅立ちです。)
桐生からくり人形芝居 東の西陣といわれた絹織物の町、桐生。絹織物工場の特徴ある鋸型の屋根が町の風景を作っています。現役の工場は少なくなりましたが、盛んだった往時を偲ばせるレンガ造りの蔵や工場の建物や文化財が残っています。その一つがこの人形芝居。飛騨高山などの山車のからくりは良くありますが、お芝居をするというのは珍しいかもしれません。衣装が贅沢な刺繍の絹織物だったり、かんざしが本物のベッコウだったり・・・半端じゃないお金の掛け様です。これらを保存するだじゃつまらない、からくりの技を残すためにも、ということで町の有志による保存会がレプリカを作って、人形芝居の上演をしています。( 写真:昭和27年に作られた人形たちです。糸へん景気といわれた頃の物ですから、見えない所の小道具の刀剣にも本物の鉄を使う懲り様です。 いつもHP用の写真は演出助手のスタッフが撮影の合間に撮るのですが鋸屋根の写真は、寸暇を惜しむロケスケジュールのため、撮り損ねたようです。放送には出て来ますから、そちらでご覧下さい。特にご年配の方には懐かしい風景のはずです。)
日本きのこ研究所 群馬県は栽培きのこの生産量日本一というのだそうです。それはなんと!1942年といいますからもう60年以上前に栽培きのこの研究に取り組んだ森喜作さんの研究の賜物なんだそうです。それまではきのこの胞子が栽培のための原木に付くのに任せるといった、きのこ次第というものだったものをあるものを発明して今のようなシステムになったというお話。そのシステムや胞子がきのこから噴出する映像など、どうぞ放送でご覧下さい。(写真上:今も新しい品種の開発が行われています。 / 写真下:新開発の機械、さて何をするのでしょうか?)