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(c)安野 光雅
  みどころ

10 月 23 日に起きた新潟中越地震災害に遭われた皆様に心からお見舞い申し上げます。

私たちは番組のロケで小千谷市をはじめ長岡市、山古志村などにお邪魔して取材をさせて頂いてますから、心当たりの方々に連絡を差し上げました。

「テレビには映っていない被害の小さい方ですから…」「まぁ、大変なことになっているけど…」「忙しいからあとで、あとで…」という方や未だ電話どころではなく連絡の取れない方もいらっしゃいます。また少し落着いたら…と思っております。

放送予定が 1 週遅れになりました夏木さんの徳島の旅、タイトル通りの内容になりました。徳島には文字通りこんなにヨーロッパの風が吹いていました。


 
         
 

モラエスさん

ポルトガル人、ウエンセスラウ・デ・モラエス。明治時代に日本にやってきて、日本を紹介する著作多数というぐらいの知識はありましたが、こんなにも徳島に関係の深い人であることを知ることになりました。明治 22 年に海軍士官として来日、その後大正になって大阪・神戸総領事を務め、徳島出身の女性と結婚、昭和 4 年 75 歳で亡くなるまで徳島に住んでいました…

モラエス館、顕彰碑、住居跡などが残されています。徳島の風土、人情に大層惹かれたというお話が印象的でした。

 
モラエスの著作の数々です。


 
 


薩摩治朗八

•  モラエスさんと同じように徳島に惹かれ、晩年をこの地で過ごし亡くなった人物です。どちらかというと、日本よりもパリで知られた人ですね、バロン薩摩と呼ばれていました。昭和のはじめパリに留学し自分の勉強よりも当時パリに勉強に来ていた芸術家を応援し、日本との文化交流に力を注ぎ、その証の日本館は今も健在で日仏文化交流の場所になっているようです。

夏木さんがこの旅で一番会いたかったのがこの治朗八さんの未亡人、映画にしたいぐらいに入れ込んでいる人物の奥さんということで、初対面はもう、ドキドキでした。今は、徳島ならではという素材を使ったパッチワークを制作し、教室で教えもする、とてもお元気な奥様でした。日本人離れしたオシャレやエピソードの数々を遺品などを見せて頂きながらのお話で、夏木さんにとって治朗八さんはより身近な存在になったようです。

 


フランス政府から受けたレジオン・ド・ヌール勲章です。




 
         
 

ドイツ館

徳島にヨーロッパの風を吹き込んだもう一つがこのドイツ館がある鳴門市板東にあった板東俘虜収容所です。第一世界大戦の時俘虜となったドイツ兵を収容していました。普通の収容所とはイメージが違って地元の人との交流も盛んで、パン、牛乳、チーズ、家具、トマトなどの西洋野菜など色々なヨーロッパを伝えてくれました。中でも良く知られているのは西洋音楽を演奏したこと、あのベートーベンの第九交響曲を日本ではじめて演奏したことです。

 

ドイツ兵と日本人との交流を知ることが出来るドイツ館です。

「第九」初演の地ということが知られるようになって、ベートーベンの像も建ちました。

 
         
 


大谷焼

•  徳島の特産物であった「阿波藍」を仕込む大きな壷が代表的な物として知られています。人の背丈もあろうかという大きな壷を作るためには普通の轆轤ではダメです。そこで、考え出されたのが写真のような方式、どうやってこんな大きな物を作るのか、放送でご覧下さい。

 



 


こんな不思議なかっこうで轆轤を廻します…

 
         
 

「すくも」作り

藍の染料の元になる「すくも」作りの作業小屋を拝見します。 3 月に種蒔き、梅雨明けに葉っぱを収穫、 9 月になるとこの作業に入ります。

小屋の中は発酵する藍の熱で湯気が立っています。温度計を使うことなく全て勘と経験が物をいう職人芸です。「相手が物言わんけん、相手の気持ちを分かってやらんと…」という仕事振りをよ〜くご覧下さい。

 
仕上がるまで 20 回の作業をするという「切りかえし」


 
         

 小さな徳島県に吹いた大きな欧州の風の輪にめぐり合うことになった今回の夏木さんの旅、テレビの特番や雑誌の特集などで知っていた話題ですが、直接地元で触れてみるとそんなこんなの違った顔が見えてきて、面白い経験をしたような気がします。皆さんは如何ですか?

 

 

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