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(c)安野 光雅
  みどころ

 
         
 


天気予報それも台風情報で良く聞く名前の南大東島。地名をこんなに知られているのに、その土地の事は余り知られていないという代表とも言うべき南大東島。「遠くへ行きたい」で行くのも永さんが訪れるのも初めての土地です。あの永さんにとって初めての土地というのがあったことに妙に感心してしまいました。そんな訳で今回は皆さんもドキドキしながらご覧下さい。

 

40センチ掘ったら石灰岩にぶつかる石の島、海岸は断崖絶壁で砂浜はありません。



 
 

さとうきび畑

周囲20キロ、人口約1400の主な産業はさとうきび栽培。開拓は今から105年前、八丈島からの人々によってなされました。ですからこの島には沖縄の文化と八丈島の文化とが入り混じっています。

 


さとうきび運搬の為に運転されていたシュガートレイン、1984年に廃止されました。

 
         
 

沖縄と八丈島

まるでうどんを打つように作られる沖縄そば、永さんの言葉に拠れば「こんなに歯ごたえのある腰の強いおそばは食べた事がありません」という大東そばは沖縄の味、そしてサワラの漬けを酢飯で握った大東寿司は八丈島で島寿司と言われるものから来たといいます。芸能では島の子供から大人まで毎日練習するという大東太鼓は打ち方、リズムともに八丈太鼓。「先祖の音が出せるように練習していますが何時になったらその音が出せるか・・・」と指導者の言葉。高校がないため中学生以下の子供しかいないので、「こんなに子供が目に付く土地は珍しいかも知れない」とは島を歩いての感想です。


 
大東そばと大東寿司、二つの食文化の出会いです。


大東太鼓を練習する子供達、この日一番小さい子供は何と2歳!でした。
 
         
 

大東の自然

何千メートルもの海から一寸だけ顔を出しているのが大東島、波が荒れると島の気象台の震度計は揺れるんだそうです。どんな風に出来た島かは、どうぞ放送で永さんから聞いて下さい。夜のダイトウオオコウモリ、鍾乳洞はみものです、一寸びっくりですよ。この島の自然を実感できるのは一週間に一便という定期船で上陸する時かもしれません。クレーンが活躍するというのは聞いた事がある方もいらっしゃると思います。いずれも放送でお確かめ下さい。

 
これは鍾乳洞?には違いないのですが、島の道路の両脇がこんな風なんです。あとはお見せしない方が見る楽しみがあります。

 
         
 

粟国安彦さん

日本を代表するオペラ演出家でした。1990年に49歳の若さで亡くなりました。藤原歌劇団で活躍し、パリ,ミラノでも評判の高かった人物でした。そしてこの島の出身、大きな舞台でなくこの島で出来るオペラを島の皆に見てもらいたいという夢がありました。「永さんと一緒にやろう、一度南大東島へ行こう」と言っていたそうです。それが今回の島行きのキッカケでもありました。



 
粟国さんの銅像がありました。
 
         

 今回の旅にはこんな裏話がありました。永さんのラジオ番組「土曜ワイドラジオ東京」で粟国さんの話をしたところ、これを聞いた島の商工会の人が「そういうことなら、是非島へいらっしゃいませんか」と声をかけたことで実現したのでした。

 地名でしか知らなかった初めての島、南大東島。自然の厳しさのお話を沢山聞きましたが旅人には一寸珍しいそんなこんなの自然の連続という風に見えなくもありませんでした。そんな中で永さんも粟国さんと心の出会いを果たしました。私たちの長い番組の中の経験としても、心に残る旅となりました。

 で、ここで一寸お知らせです。旅から帰った永さん宛に島の方からこんな手紙が届きました「お楽しみ頂けましたでしょうか、でも番組を見た方がこの島へ来ないようにして欲しいのです。今は未だ沢山の観光客を迎える設備がないのです。一日せいぜい10人が限度というところなのです・・・」ということですので、今回は心の旅としてご覧いただければと思います。

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