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(c)安野 光雅
 

みどころ

 

 
         
 

今回は永六輔の旅。5ヶ月ぶりの旅になるのですが、「島」の旅にこだわる永さんは、今回もその「島」に足を向けます。が、向かう先は「東京都」。
東京が「島」と聞いて、首をかしげる人もいるかもしれませんが、実は昔は浮島や小さな島がいくつもありました。江戸時代に埋め立てられ、海へ海へとだんだんと大きくなっていったんです。その名残が今でも地名にも残っています。「湯島」「大島」「梅島」「向島」「月島」などなど20数箇所の「島」とつく町名が残されているんですね。地名の由来を調べてみると、それらの場所が昔埋め立てる前は小さな島だった事が分かります。
「島」から現在の日本を見る事をずっと続けている永さんが、今回は「東京」を「島」と見立てて、江戸情緒感じる職人さん達を訪ねます。故郷が東京にも関わらず、普段は旅暮らしの永さんにとって、移り変わりの速い東京の町を歩くほうが本当に「旅をしている」という感覚があるそうです。
ところで、「遠くへ行きたい」=「旅」と聞けば「俳人・松尾芭蕉」が大きなテーマの一つに上がります。今回の永さんの旅も、芭蕉が「奥の細道」へ出かける前に住んでいたと言われる深川から、近くて遠い、「東京巡り」の旅へ出発です。
今年最後の「遠くへ行きたい」。芭蕉と永さんに連れられて、江戸の旅のご案内です。

 



 
         
 

●深川
芭蕉庵史跡展望庭園

まず今回の旅の出発地点は芭蕉庵史跡展望庭園。芭蕉が30代半ばになって俳諧活動が盛んに展開したのが、ここ深川の隅田川と小名木川が合流する深川六間掘りあたりです。
芭蕉の草庵の正確な場所は分かっていないのですが、展望庭園の隣には芭蕉稲荷神社もあります。大正6年の大津波災害の時に、芭蕉が大切にしていた石の蛙像が出土し、それにちなんでそこに建てられたそうです。深川界隈は松尾芭蕉の足跡を辿る観光客に大変喜ばれている場所です。
芭蕉はこの隅田川で千住まで行き、「奥の細道」に向かっていったのですが、永さんの旅もここからがはじまりです。昔の人が川の流れをどう有効に利用していたのか、芭蕉が川に詳しかったように、私達は永さんから川の話を聞きつつ、旅の出発です。

 
 
         
 

川めぐり・運河めぐり

さて、人々の昔の川の利用方法からヒントを得た永さん。今回の旅の交通手段に選んだのは小船!江戸時代は運河が張り巡らされ、なによりも水運が人々の生活の足でした。
水上から陸地を眺め、何が変わったのか変わっていないのか、日常見ることのない東京の風景を小船に乗って巡ります。
その小船を出してくれたのが、NPO法人・遊んで学ぶ環境と科学倶楽部の中林裕貴さん。「都心の水辺を巡るエコツアー」というのを開いていて、東京の川の歴史や自然環境の事を勉強しながら川くだりをしてくれるツアーをしてくれています。2年前から始まったこのツアーを永さんもこの前知ったばかりで、船に乗るのは初めてです。電気で動くエコ船に乗って、陸ではない、川の散歩の始まりです。

 


 
         
 

江戸木挽き

エコツアーの船で川を下って、やってきたのは新木場。
今も使われている貯木場の上では、材木屋の人々が大きな丸太を長掛で移動している風景が今でも見られます。木場だった頃の事は子供の頃から知っている永さんですが、新木場になってからあまり来たことがなかった様子。「こんな東京もまだあるんだー。」と、言葉が漏れてしまう程、昔懐かしい風景がここには残っているようです。
そして木材が運ばれて来る所に待っているのは、木挽き職人さん。永さんも元々知り合いだった林以一さんは最後の江戸木挽きで、77歳で現役です。遠く室町時代に始まったという木挽きの仕事ですが、いまや全国でも10人に満たない職人しか残っていないそうです。「大きな」「鋸」と書いて「大鋸(おが)」とよぶ鯨の頭の形に似た鋸で大きな大木を挽いています。今や材木は機械でほとんど切ってしまうのですが、機械で切ってしまうと仕事は速いけれど熱で木の表面が焼けてしまいます。樹齢何千年の大木ともなると、とても貴重なものなので、林さんのような木挽きに切ってもらいたいという材木屋さんも数多くあります。樹齢何千年もの大木の最も美しい年輪を表面に浮き出させるのは、林さんの今までの仕事の勘によるものだといいます。
大鋸で切って出る木屑を大鋸屑(おがくず)といいます。ちょうど永さんが材木屋さんに訪れた時には屋久杉の土間木を挽いている最中でした。二千年の樹齢の大鋸屑を手に取り、握りしめてはその大木が生きてきた時間の長さを感じる永さんでした。

 





 
         
 

●清澄庭園

実は、年末ならではの風景が清澄庭園へ向かう途中にありました。
町内会の餅つき大会です。たまたま通りかかったら見つけました。
おじさん・おばさんが分業作業でどんどん白くもっちりしたお餅が出来上がっていきます。
お醤油と餡子と黄な粉の3つ入りのお持ちをお土産に、清澄庭園へ入ります。
清澄庭園は一説に江戸の豪商・紀伊国屋門左衛門の屋敷跡と伝えられています。
庭園には隅田川から引き込んで出来た池があり、そこにも松島・鶴島・中ノ島があります。そしてまた、ここにも見つけました、芭蕉の句の中で最も有名な句が刻まれた句碑が立っています。さてなんの句でしょう?ここではまだお教えできませんが、番組の中で永さんが映像ならではの方法で教えてくれます。東京都内にもこんなに良い庭園があるんだよねと、久しぶりの清澄庭園を楽しみます。

 


 
         
 

●大島

約250年前の「元禄図」にその名が出ています。当時大きな島だったのでその名がついたと言われています。

大島稲荷神社

この大島にある稲荷神社に、松尾芭蕉も小名木川を下って弟子を訪ねる途中で参拝し、「秋に添て行はや末は小松川」の句碑が残ります。

     
         
  江戸切子

大島には何故か江戸切子の工房が多いのですが、その理由は亀戸にガラス製品を扱う大問屋があったため、その近くの家内工業地帯に切子の工房が増えたのだといいます。
江戸末期に始まった日本独自のカットガラスの技法は、明治以降海外の手法も取り入れるようになり、全盛期の昭和40年代にはこのあたりに350社もあったそうです。現在は60社ほどになったそうですが、この江戸切子の伝統は今もなおここ大島に根付いています。訪ねたのは、永さんとも古くからのお友達の篠崎硝子工房店の篠崎清一さん。篠崎さんは70歳を超えてから、一点もののデザインを追求し続け、昔からの伝統的な切子の模様に拘らずに独自の細かいデザインを研究しています。模様に光をかざしてみると、カットで描き出した花びらの中に、また花の模様が浮き出されているという、、、、、(難しい説明ですが)なんとも神秘的な切子の魅力が篠崎さんの江戸切子の特徴でもあります。
江戸切子の第一人者としての技がここにあるのですが、永さんと遠くチームの取材がだいたい済んだあたりで篠崎さんが言いました。「僕は疲れてくると、これをするんです。」と。
篠崎さんのお姿に、その場でスタッフ一同目からウロコでした。
さて番組をお楽しみに。。。。

 




 
         
  駒形どぜう

永六輔さんは浅草の最尊寺が生まれです。そしてその永さんが案内してくれたのが、最尊寺のすぐ近くにある「駒形どぜう」のお店です。このどじょう屋さんは、創業200余年です。永さんも小さい頃から食べにきていたといいます。どじょうの丸なべに、トッピングで笹がき牛蒡とねぎをつけて食べると、もう絶品なのです。

 

 



 
         
 

佃・天安

永さんの小さい頃は、船で佃に渡って佃煮を買いにおつかいに来たといいます。
永さんもこちらでちょっとお土産を買います。
50年を越す長い付き合いとなると、世間話に花が咲き、店先にちょっと座って会話が弾みます。
佃は近年新しい高層ビルが立ち並び、風景がどんどん変わっている町のひとつです。
永さんも浦島太郎にでもなったかのように、もんじゃストリートに変わった商店街に驚き、
高層ビルを見上げて仰天です。

 



 
         
 

下町風俗資料館

下町風俗資料館が上野公園の入り口にあります。
ここにある銭湯の番台で永さんが年末らしさをちょっとお話いたします。

 


 
         
  上野動物園

実は、上野動物園は昔伊賀上野の藤堂高虎のお屋敷があった所です。
永さんの足が向かうのは、動物の慰霊碑の後ろにある藤堂家の墓所です。
かわいいパンダを見た後に、江戸の歴史の名残に触れに行きます。

 

 


 
         
 

道明・組紐

もともと中国から渡ってきた組紐の技術も、現在は日本でのみ残っています。「道明」は不忍池のすぐ近くにあるのですが、この土地で300年以上も作り続けています。
組紐は用途も多く、帯締めや羽織紐、また武具の鎧の威糸(おとしいと)や刀の柄巻きなどにも使用されていました。日本は世界でも珍しい「ひも」の世界が発達した国で、単に紐を縛ったり、繋いだりするだけでなく、結び方、結ぶ紐の色、結びの配置などによって吉凶、身分、性別などを表していました。
永さんもよく池之端仲間通りを子供の頃お母さんと通り、なぜか「これがあの道明よ」と教えてもらっていたそうです。けれど中に入ってみるのは初めてなので、組紐のその糸一本一本の繊細な組み方にため息がでていました。
「ご婦人の着物は奥が深いですね。」と色とりどりの帯締めが並ぶ店内で主人の道明新一郎さんと話します。

 


 
         
  今回は、大晦日の永さんの「遠くへ行きたい」。年末らしい華やかさを大江戸小粋組みの皆さんに色づけてもらいながら、湯島天神で最後のご挨拶をし今年の旅の締めくくりです。
距離的な事だけではなく、旅人が旅先で感じる時間的な旅をできたのではないかと感じました。永さんは故郷の東京を久しぶりに歩きましたが、普段あまり東京にいる事が少ないので色んな変化に驚いているようでもありました。けれど思い出の道や、懐かしいお店に入る事で、故郷への時間の旅ができたようです。
これからも永さんの「遠くへ行きたい」は続きます。
来年も良い旅をしましょう。
 




 



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