番組からのお知らせ
番組データ集
ご意見・ご感想
(c)安野 光雅
 

みどころ

 
         
 

昨年11月の福岡県への旅以来、3ヶ月ぶりの登場となる宮崎美子さん。前回は「長崎街道」(出島があった長崎から本州への玄関口・小倉までの、江戸時代の幹線道路)の終点・小倉付近を巡りましたが、今回は反対を起点に、長崎を歩く旅です。
長崎といえば、なんと言っても400年来の国際都市。1570年のポルトガル人来航以来、鎖国時代の間も唯一異国に開かれていた日本の玄関口です。「南蛮」と呼ばれたポルトガル・オランダや、中国、そして日本独自の文化が重層的にミックスされ、それが今も自然に人々の生活の中に溶け込んでいます。今回はそんな「古き良き異国の香り」を、身近な生活の中に感じて歩く旅です。

 


長崎と言えば「坂の町」。丘の斜面にビッシリ並ぶ家・家・家…
長崎は地震が少ない土地なのだそうです。

 
         
 

鶴鳴学園長崎女子高等学校・龍踊部

「長崎の女子高に龍踊(じゃおどり)部があるらしい!?」という話を現地の方に聞いた時、私たちは「それは是非とも見てみたい!」と、一も二もなく飛びつきました。何しろ100キロもある龍体(じゃたい)を持ち上げ、玉使いを追って激しく動き回る伝統芸能ですから、「なぜ女子高生が?」という素朴な疑問と、しかもそれが「部活動」で行われているというところに、好奇心をかき立てられてしまったのです。

しかしその演技は大人の男性の龍踊と比べても全く遜色のない、かなり本格的なもの。初めて目の当たりにした時、私たちは龍の動きの複雑さと激しさ、銅鑼やラッパといった囃し方の迫力と、息の合った「セイヤッ」という掛け声、そして取り組んでいる女子高校生たちの真剣な姿勢に、すっかり圧倒されてしまいました。

番組ではご紹介出来ませんでしたが、設立の経緯に関してはこんなエピソードを伺いました。顧問の前田 洋先生ご自身が長崎の「十善寺龍踊会」というグループのメンバーで、2003年に長崎で高校総体が開かれた際、「開会式で高校生の龍踊を披露したいから指導してほしい」という県からの要請があったのだそうです。ただしそれは「龍使いは男子、女子は囃し方で」というものでした。「この御時世に教育の場で男女差別なんて」と考えた前田先生は校内で希望者を募り、「龍踊部」を結成して女子高生たちに教え込み、十善寺龍踊会と共演させてしまったのです。神事に近い伝統芸能、設立当初は「女子に龍踊なんて」という地元の保守的な声もあったと言いますが、その演技が磨かれていくにつれ認めてもらえるようになったそうで、この3月で丸4年を迎えます。

もうすぐ3年生は卒業の時期。毎年旧暦の正月に開催される「長崎ランタンフェスティバル」(今年は2月18日〜3月4日)で披露される演技が、最後の花道となります。逆にいえば今が1年で最高に脂ののった演技が見られる時。長崎まで足を伸ばせない皆さん、ぜひ番組で見て応援してあげてください!

 
1日の練習は約2時間、この時期は毎日だそうです。

囃し方も重要な演技の1部。楽器は中国から取寄せた本場の物です。

顧問の前田先生と。部員は約40名。「じゃじゃ馬の妹たちといいアニキ」という雰囲気です(笑)

 
         
 

中華菓子 麻花児(マファール)

さて中国の伝統芸能で旅をスタートさせたところで、もう少し「長崎の中国文化巡り」をしてみましょう。林製菓3代目の林 隆さんの工場で、中華菓子 麻花児(マファール)作りを拝見します。林さんのお祖父さんは福建省から長崎へやって来た方で、昭和30年代に故郷のおやつ麻花(マーファ)の小さいサイズのもの(子供のマーファ、という意味で“麻花児”なのです)を作って缶に詰め、自転車に乗って売り歩いたのが始まりだそうです。うどんのように細長く延ばした小麦粉をよって油で揚げたもので(ヨリヨリという別名もある)、中国の田舎では家庭で作られるごく一般的なおやつだそうです。

 
2回よるのですが1回目によった反動で2回目はクルクルッと自然に巻きつくのです。その作業は物凄い速さ、1人で1日に15kgはよるそうです。

150℃〜180度の油でじっくりと揚げます。しかし油っこさは全然ありません。

甘くなく、塩辛くもなく、「ポリッポリッ」という食感も含めてプリッツに似たような、と例えればお分かりになるでしょうか?

 
         
 

グラバー園・バッグパイプ

さて、お次はヨーロッパの風情を求めて、南山手の丘へ・・・という訳で、グラバー園へ向かいます。幕末から明治にかけて外国人居留地だった高台に、スコットランドの貿易商トーマス・グラバーの屋敷を中心とした九棟の洋館が点在する公園です。その中の一棟、ロバート・ウォーカー・ジュニアの屋敷で、お孫さんのジェームス・ウォーカー・正良さんにお会いします。
ウォーカーさんの曽祖父も、グラバーさんと同じくスコットランド出身。それなのに、長崎に祖先の文化を伝える物が何もないのはおかしいと思った、というウォーカーさんが今取り組んでいるのが、スコットランドの民族楽器「バッグパイプ」。仲間と「グラバー・パイプバンド」を結成し、様々なイベントなどで演奏を聞かせているそうです。
そもそも「バグパイプ」の名称で親しまれ、独特の哀愁を帯びた音色を響かせるあの楽器が、「袋笛」という意味で「バッグパイプ」だったとは、皆さんご存知でしたか?しかも巨大な袋(今は合成ゴムですが、かつては羊など動物の胃袋で作ったそうです)から突き出た4本の筒から、一体どのようにして音が出ているのか、パッと見ただけではよく分かりませんね。その仕組みを、今回ウォーカーさんに教わって始めて知ることが出来ました。

 


南山手の丘を登ります。
後ろに見えるのが旧グラバー住宅(
1863年建築)、長崎の港も一望です。

バッグパイプの仕組みに、宮崎さん興味津々です。

ウォーカーさん、民族衣裳で演奏を聞かせてくれました。
しかしキルトの中が寒そう…

 
         
  大浦天主堂・路面電車

日本最古の木造ゴシック建築・大浦天主堂の前を通り、南山手の丘を下って長崎市電に乗車します。どこまで乗ってもたったの100円、こういう土地ならではの移動手段に出会えるのも、旅の醍醐味ですね。

 


1865年建築の国宝・大浦天主堂です。

ちょうど出島の前で、新旧車輛が擦れ違います。最新式は平成16年3月に導入されたばかりの超低床式車輛です。

 
         
 

ガラス彫刻

江戸時代にオランダから長崎にもたらされた物の1つに、ガラス細工があります。出島に大量に運び込まれた製品は「ギヤマン」と呼ばれ、その美しさに魅せられた職人たちは、舶来のガラス製品を手本にオランダ人から製造技術を学び、様々な「長崎ガラス」を生み出しました。「ギヤマン」とはオランダ語でダイヤモンドを意味するDiamantから来た言葉。ガラスの細工にダイヤモンドを使ったことから仕上げたガラスを「ギヤマン細工」と呼び、後にはガラスそのものも「ギヤマン」と呼ぶようになったのだそうです。日本のガラス工芸発祥の地・長崎で作品を作り続ける、橋本修さん・都さん夫妻の工房「南蛮船」を訪ねます。

作業場に響くのは、“チュイーン”という、誰もが骨身にしみるような痛みとともに思い出す、あの音。そう、歯医者さんの道具、“リューター”です!もともとステンドグラスを手懸けていたという橋本さんは、実際歯の治療中に「これを使ってガラスに彫刻できないだろうか」と思い付き、先生に頼み込んで譲ってもらったのだそうです。

 
これがそのリューターです!先端部分に人工ダイヤを付け、ガラスを削っていきます。

なんと橋本さんは下絵を描かず、いきなりガラスを彫っていくのです。
「下絵を描くとそれにとらわれ、線に勢いがなくなる」のが理由だそうです。

完成した図柄が、頭の中にハッキリとあるからこそ出来る芸当ですね
 
         
  桃カステラ

長崎名物と言えばポルトガル伝来の南蛮菓子・カステラですが、祝い事や桃の節句に欠かせない「桃カステラ」というものがあります。桃は中国では魔を払う仙木だそうで、カステラとの「ちゃんぽん」な組合せは、いかにも長崎ですね。もうすぐ3月、桃の節句も近いということで、桃カステラを作る万月堂さんに立ち寄ります。

 
カステラの生地に、砂糖を溶いた衣でお化粧です。思ったより大きいのに驚きました。

葉を付けて完成です。生地は普通のカステラより軟らかく、シフォンケーキに近いです。
 
         
 

創作ひな人形

桃の節句のお菓子もいただいたところで、雛人形を作る増永須賀子さんの創作人形教室にお邪魔します。増永さんの人形は古い縮緬の端切れ、小切れを縫って作ります。お雛様の十二単は実際に12枚の縮緬を、色・柄・重量感に気を配りながら重ね着させてあり、本物の着物さながらに美しい。取合せも淡い色ばかりを重ね着させた地味なものから、赤と青など原色を組合わせた鮮烈なものまで、様々です。
縮緬は今ではすっかり貴重なもの、増永さんは主に明治〜大正時代に作られた縮緬が色も質もよく人形に適しているといいますが、そう簡単には手に入りません。女雛と男雛の取合せも考えなければならないため、理想のカップルが1組できるまでには布を探して相当な時間と根気が必要だそうです。
また裁断した後の端切れも捨てず、1cm四方になってもとっておき、小物を作ったりするのに利用しているそうです。「だって、あの色!と思ったって、もう2度と手に入らないかも知れませんからね、どんな小さな布も大事にします」と上品な笑顔でニッコリ微笑んでいらっしゃいました。

 
本当に重ね着しているのがお分かりいただけると思います。布の理想的な出会いが難しいのは「人間の結婚と一緒じゃないかしら(笑)」と増永さん

羽子板の雪・月・花の文字に施された細かい押絵(パッチワーク)に注目してください。小さな端切れを組合わせて出来ているのです
 
         
  長崎南蛮料理

長崎に伝わる郷土料理には、まさしく和洋折衷という言葉が相応しい「南蛮料理」が数多くあります。その中でも特に代表的な「ヒカド」と「パスティ」の二品を、郷土料理研究家の脇山順子さんに教わります。
まずは地産地消の農産物直販所、干物屋さん、鶏肉と魚を買いに市場にも寄り、脇山さんのお宅へ向かいます。お宅は鳴滝町と言う丘の上にあり、宮崎さんと2人買物袋を下げて、68段の階段をゆっくりと上って行く…そんなのも長崎ならではの風景ですね。

「パスティ」とは鶏モモ肉、ゆり根、ぎんなん、玉ねぎ、にんじん、しいたけ、ゆで卵などを煮込んだコンソメ風スープ(?)にパイ生地をのせ、オーブンで焼いたもの。こんなハイカラな料理が江戸時代から食されていたと言うことに、まず驚きます。撮影後に私たちスタッフもご馳走になりましたが、鶏肉と野菜からまろやかな出汁が出て自然に溶け合い、何とも表現し難い絶妙な味でした。洋風というほど油っこくはなく、といって和風でもなく、まさに「南蛮料理」という言葉がぴったりです。
 
もう一品の「ヒカド」は野菜とブリを賽の目に四角く切って煮込み、仕上げに擂りおろしたサツマイモで甘味とトロ味をつけたもの。ポルトガル語で“小さく刻む”という意味の「ピカド」が語源のポルトガル料理です。サツマイモで甘味をつけるというのは砂糖が大変な貴重品だった江戸時代の庶民の知恵。それでも日本で唯一の貿易港だった長崎は東南アジアからの砂糖が比較的手に入りやすく、砂糖をたくさん入れる、甘くするのがおもてなしだったそうです。だから料理が甘くないと、「長崎遠かばい(=長崎が遠いから甘くない)」と言ったそうで、そんなお話からも、この町には様々な歴史と異国の文化が、自然に生活の中に溶け込んでいるんだなあ、と感じられます。

 
パスティを作る脇山さんと宮崎さんです。

こうやってパイ生地をのせていきます。

パスティです。パイ生地の下がスープなのがお分かりいただけますね。

こちらはヒカド。これは一見すると和風の煮込みですね。


 
         
  残念ながらヒカドもパスティも、今では郷土料理屋に行かないと食べられない、知る人ぞ知る料理になりつつあると言います。料理1つとってもそこから様々な背景が見えてくる東西文化の坩堝、長崎。消えてなくなってしまう前に何かの形で残してほしい、と思いつつ、日常使う言葉や生活習慣の中にあるものはそうは簡単に消えてなくならない、それこそが「文化」というものなのだろうな…などとも考え、丘の町長崎を見下ろしながら、旅の終わりです。  


 
         

Copyright(c)TVMANUNION,Inc.,YTV
Allrightsreserved.