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(c)安野 光雅
 

みどころ


 
         
 

今年は本当に暖かい日が多く、3月になったばかりだというのにすっかり春の陽気ですね。梅が花開き、桃の節句の雛祭りも過ぎて、あとは桜の開花を待つのみです。

ところで今回の旅先・静岡県伊豆半島には、毎年少し早目に春の風情がやって来ます。桜は2月上旬から3月上旬にかけて、一月以上も花を咲かせる「河津桜」。東伊豆町稲取では、1月下旬になると、江戸時代から続く雛祭りの風習「雛のつるし飾り」が行われます。それに加え、今回は漁港の町・稲取のお母さんたちに金目鯛を使っておめでたい料理も作っていただき、伊豆半島の一足早い春を祝います!

 


特急「踊り子号」で、桜咲く伊豆半島へ。これは台数限定の「黒船列車」です!

 
         
 

雛のつるし飾り

東伊豆町・稲取には、江戸時代末から伝わる「雛のつるし飾り」という独特の風習があります。当時は雛人形を買うことが出来たのは相当なお金持ちだけ。普通の家庭では、せめてお雛様の代わりにと、有り合わせの布で作った縫いぐるみを幾つも赤い糸で結んでつるし、娘や孫の初節句を祝ったのだといいます。そうして母から娘へ、娘から孫へと世代を超えて伝えられてきたつるし飾りには、女の子の健やかな成長を願う、母親の暖かい気持ちが感じられます。

 
「二ツ堀みかん園」の田村さん宅で公開しているつるし飾りを見に行きました。
これだけ作るのは相当な手間であることがお分かりいただけると思います。

縁側で、みかん園のおばあちゃんと曾孫さんです。背後にもたくさんのつるし飾り、これは昭和36年のものだそうです。
 
         
 

雛のつるし飾り作り 前田芳枝さん

さてその「つるし飾り」、昭和30年代初期には飾っている家庭も数多くあったそうですが、近年は作れる人も少なくなり、また近隣の町では行われていない風習であったため、この美しい伝統を後世に残そうと地元の女性たちが活動を始め、平成10年に町ぐるみのイベントとして復活しました。

前田芳枝さんも、この町でつるし飾りを作ることの出来る名人の1人。ちょうど甥子さんの初孫のために作ったばかりというつるし飾りを見せていただきます。しかし前田さんは母親から直接作り方を教わったことはありませんでした。自分が生まれた時に作ってくれたものを大切に保存していたため、最初はそれを解体して型紙をおこすことから始め、見様見真似で作ったのだそうです。

10月生まれだった前田さん、お母さんは翌年3月の初節句までに何とか娘のつるし飾りを仕上げようと、家事はお祖母さんに任せ、寝る間も惜しんで作り続けたといいます。
そんなお母さんの労作を元に作られた、今回の前田さんのつるし飾り、近付いて見るとその細工は実に細かく、色鮮やかで可愛らしく、本当に美しい作品です。娘や孫を思う気持ちはこうして変わることなく受け継がれていくのだなと、改めて感じてしまいます。

 
前田さんが甥子さんの初孫のために作ったつるし飾りを見せていただきます。


這い子人形。
「早く這い這いして健康な子に育つように」との願いが込められています。

こちらは俵ねずみ。
ねずみは大黒さんの使いで金運があり、子供をたくさん生むので子沢山の象徴でもあります。俵は五穀に不自由しないように。

 
         
 

金目鯛料理

さて稲取は漁港の町でもあり、ここでは金目鯛が名物として有名です。金目鯛を使った稲取のお祝い料理を、漁協婦人部の元気なお母さん、津島幸子さんに教えていただきます!
 
まずは結婚式など、祝いの席には絶対に欠かせないという「げんなり寿司」作り。なぜ「げんなり」なのか?皆さん想像してみてください・・・。そして「げんなり寿司」と必ずセットで出されるというのが、「腹合せ」と呼ばれる煮付け。2尾の金目鯛を、お腹同士を合わせて煮るもので、「夫婦が腹を割って、いつまでも仲良く暮らように」という意味が込められているのだそうです。


 


さすが金目鯛の町、駅の前にはこんなモニュメントが。ハンドルを回すと口やヒレが動くのです!

見事な金目鯛!見ているだけで、めでたい気分になりますね。

「げんなり寿司」です。
金目鯛の紅白のおぼろ(そぼろ)、鮪の刺身、薄焼き卵、椎茸の煮しめの5種類で1セット。ご飯の量は1個で茶碗1膳分ほどもあります!

こちらは「腹合せ」

津島さんとお味見です。山村さん、「げんなり」してる!?

 
         
 

河津桜

河津町へやってきました。
冒頭でも書きましたが、ここは2月上旬から3月上旬にかけて、一月以上花を咲かせる早咲きの桜、「河津桜」で有名です。大島桜と寒緋桜の自然交配種と言われ、大きく濃いピンク色の花が特徴。撮影で訪れたのは2月中旬だというのにほぼ満開で、たくさんの観光客で賑わっていました。

 


河津川の両岸に桜並木が続きます。

 
         
 

河津桜の原木

今では8000本あるという河津町の桜、実はそれらはたった1本の桜から分れたものなのです。昭和30年代初期に、河津川で咲いているのを偶然発見されたというその原木が、今も町内のあるお宅にあります。発見者・飯田勝美さんの息子さん、典延さんに当時のお話を伺います。

先代の飯田さんは川岸の雑草の中で咲いていたという桜の苗を持ち帰り、庭に植えました。10年後の昭和41年に初めてその桜は花を咲かせ、その3ヵ月後に、飯田さんのお父様は亡くなったといいます。
飯田さんが二代に渡って手塩にかけた原木は、他の8000本に負けじと見事な花を、今年も咲かせています。

 
今では桜まつりのひと月で100万人を集める河津桜、これがその原木です。
 
         
 

塩作り体験

お次は河津町・今井浜の民宿組合が企画している手作り体験の1つ、「塩作り」に挑戦します。教えて下さるのは「民宿まるい」の萩原清男さん。戦後の食糧難の時代は今井浜でも塩田式の方法で海水から塩を採っていたそうで、萩原さんの親の世代は皆塩作りを知っていたといいます。
まず海水をポンプでポリタンクに汲み、トラックで少し離れた広場へ運びます。ここで汲んだ海水を釜に入れ、それから約5時間煮詰めるのです。

おもしろいのは海水を煮詰めているうちに灰汁が出てくること。そこで灰汁取りをするのですが、実はこれが苦汁(にがり)の元なのです。昨今ダイエットに効くとかで女性に人気の苦汁ですが、これを捨てないと苦い塩が出来てしまうのだそうで、山村さん「もったいない・・・」を連発しながら灰汁取りです。

海水がかなり蒸発して塩の結晶が出てきたら、これをスコップですくってバケツに入れ・・・普通ならここから天日干しして水分を飛ばすのですが、萩原さんの方法でユニークなのは、ここで洗濯機の脱水機能を使ってしまうこと!さて、その効果はいかに?

 
海水をポンプで汲み上げます。今井浜の海水は底が見えるほど透明で、「南国の海みたい・・・」と山村さん。

釜で煮詰めながら灰汁取りです。山村さん、しぶしぶ苦汁の元を捨てます・・・

これが苦汁の元です。

塩の結晶はまだベチャベチャしています。これを脱水機にかけるとどうなるか・・・放送でご覧ください!
 
         
 

人力車

さて再び伊豆急行に乗って、温泉の町・伊東へやってきました。ここでは昭和初期のレトロな趣を残す温泉旅館が、現在は温泉観光文化施設として一般公開されています。そんな古き良き温泉風情にピッタリなものが、この町で作られています。明治2年に日本人が発明した乗物、人力車です。作っている河野茂さんは、もともと刀鍛冶だったという82歳。これまでに作った人力車の数は486台で、全国の観光地や、映画・芝居に登場するもの含め、その8割以上が河野さんの作ったものだとか。とにかくお元気で、もの作りの好奇心に溢れているのが伝わってきます。

昭和40年代、当時住んでいた埼玉の自宅で明治30年代のものとおぼしき人力車を発見して興味をかき立てられ、昔人力車を製造していたという古老に教えを乞い、復元に成功。タイヤを除いて合計で573点の部品が必要というそのすべてを、自分で作りました。刀鍛冶職人で鉄や鋼の性質を知り尽くしていますから、車輪の板バネなどには独自の工夫を凝らしており(放送で見てみて下さい!)、試乗した山村さんも乗心地には大満足。

小学校時代の先生に「虎は死んで皮を残す。人間は死んだら名を残す、お前たちよく覚えておけ!」と言われたことを強烈に覚えていると言う河野さん、すべての人力車には、刀鍛冶の銘である「武蔵の国 金国(きよくに)」が彫り込まれています。

余談ですが、河野さんの工房には他にも時代劇で大名が乗るような駕籠が並べてあったり、左右両方向から開ける扉の冷蔵庫や、バスのアイドリングストップ装置は河野さんの発明で特許を持っているというお話が飛び出したり、どこまでもエネルギーと好奇心いっぱいなのでした。


 
レトロな風情の東海館は昭和3年の純和風建築。

刀鍛冶の技を随所に活かした人力車です。

山村さん「車より目線が高くて気持ちいい!」と満面の笑みです。河野さん、なんと人力車を引いて山道を走って下さいました。
 
         
  森のボランティア

伊東市伊豆高原の、とあるホテルの駐車場に朝早く集合した約20人のグループ。おそろいのウィンドブレーカーの背中には「森のボランティア」の文字。果たしてこの方々は・・・?
実はこのグループ、桜の木の伝染病である「テングス(天狗巣)病」退治のために集まった「桜の救助隊」。テングス病とは、桜のある部分の枝がほうき状に異常成長して栄養分を奪ってしまう伝染病で、患部が「天狗の巣」のようであることからその名がついたといいます。侵されると葉ばかり茂って花が咲かなくなり、放置すればやがて枯れ死に至ります。ソメイヨシノに多く見られ、治療法は患部の枝を切り落として切口に保護の薬を塗ってやるという地道な作業。また切り取った枝は焼却しないと、菌が飛び散って伝染するのだそうです。この日は企業の協力で高所作業車も出動し、山村さんも「桜の治療」のお手伝いです。

「森のボランティア」のメンバーは主に定年退職して伊豆高原に移り住んできた方々ですが、好きでやって来たこの土地の美しい景観を守ろうと、みな一生懸命です。自分たちの力で桜並木が救えるかもしれないという使命感と遣り甲斐も後押しし、平均年齢65歳とは思えないほど生き生きしています。

 
これがテングス病の患部です。モジャモジャの枝が上向きに生えていますね。

山村さんも高所作業車に乗り、ノコギリで患部を切り落そうと奮闘中です。これで今年の伊豆高原の桜並木は美しく咲くでしょう…
 
         
 

城ヶ崎遊覧船

富戸の港から、遊覧船に乗って海へ出ました。
この日は風が強く、波も高め。リアス式の断崖に波が叩き付けられ飛沫が上がります。

早咲きの桜と雛飾りに彩られ、他所より一足早い伊豆の春。そこで出会った元気いっぱいの人たちの顔を思い起こしながら、旅の終わりです。

 
 
         
         
 

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