番組からのお知らせ
番組データ集
ご意見・ご感想
(c)安野 光雅
 

みどころ

 
         
 

「開港都市」と聞いてみなさんは何を想像しますか?レトロな洋館が建ち並ぶ風景や山の手の外人墓地、かつての貿易港の名残であるレンガ積みの倉庫、中華街、そして様々な国の食べ物、お祭り、言葉…幕末に開港された函館・新潟・横浜・神戸・長崎の五都市は、150年近く経った今でも「文明開化」という言葉を思い起こさせる異国情緒に満ちています。
今回の旅人はダ・カーポさん。ご主人のまさとしさんは横浜出身で、お2人は現在も横浜在住。これまでに横浜を題材にした歌を何曲も作られており、さらに横浜ベイスターズの大ファンでもあるという、まさに生粋の「横浜人」です。そんなお2人が、やはり開港都市である函館の歴史を訪ねて歩く今回の旅。はたして横浜とは違った発見があるのでしょうか?

 


函館港に建ち並ぶ「赤レンガ倉庫群」。
開港都市を象徴する風景ですね。

 
         
 

「赤い靴の女の子」

♪赤い靴履いてた女の子、異人さんに連れられて行っちゃった…
日本人なら誰もが知っているこの童謡は、詩人・野口雨情作詞による大正10年の名曲。4番には「横浜の波止場から船に乗り…」という歌詞があり、神奈川県横浜港の山下公園には有名な「赤い靴の女の子像」も立っています。横浜に縁の深いダ・カ-ポのお2人は、この曲を37年間、大切に歌い続けてきました。
ところが実は〈赤い靴の女の子〉には“岩崎きみちゃん”という名の実在のモデルがおり、しかもきみちゃんが異人さん(アメリカ人宣教師)にもらわれたのは、この函館の地だった、というのです。そのことを長年研究されている郷土史家の近藤正春さんから、実在の岩崎きみちゃんと、その母・かよさんとの、悲しい別れのエピソードを聞かせていただきます。
近藤さんの思い入れたっぷりの語りはぜひ放送でお聞きいただきたいと思いますが、ここでご紹介したいのは、その事実が判明したのが昭和50年を過ぎてからと、ごく最近であること。きっかけは昭和48年11月、北海道新聞の夕刊に掲載された、岡そのさんという女性の投稿記事だったといいます。「野口雨情の赤い靴に書かれた女の子は、まだ会ったこともない私の姉です」。この記事に触発された当時の北海道テレビの記者が5年あまりの歳月をかけて調査した結果分かったことは、きみちゃんは里子に出された後結核にかかり、とてもアメリカまでの船旅には耐えられないため、里親の宣教師夫妻は止むを得ずきみちゃんを東京・麻布の孤児院に預けて帰国したこと、そこできみちゃんは明治44年9月に9歳の短い生涯を閉じていたという事実でした。そのことを母・かよさんは生涯知らず、娘はアメリカで幸せに暮らしているものと思ったまま亡くなったことが、せめてもの救いだったそうです。
誰もが知っているあの歌詞の裏に、そんな歴史的事実があったとは…しかもきみちゃんはもともと開拓移民として函館に渡ったといいますから、まさに時代の激流の中で生まれ、亡くなっていったと言えそうです。現在はきみちゃん自身についてや野口雨情が舞台を横浜に移して曲を書いた経緯について多くの本や記事が出ていますので、興味のある方はぜひ探してみてください。

 
函館港の東浜桟橋でお話しを伺います。ここは明治の開拓移民船が辿り着いた場所で、きみちゃんも明治36年にここを通ったそうです。


アメリカ人宣教師ヒュエット夫妻が勤務していた日本基督教団函館教会。
きみちゃんはここへもらわれました。


こちらは神奈川県横浜港の「赤い靴の女の子像」です。
 
         
 

函館レトロツアー

さて明治開拓時代の函館の歴史の一面に触れたところで、もう少し歴史散歩をしてみましょう。牛柄の車体が地元・函館でも人気の「モーモータクシー」が、様々なオリジナル観光コースを企画しています。今回は特別に「函館レトロツアー」と題して、幕末〜明治にかけての歴史的名所を、ドライバー・西村さんのチョイスでまわっていただきました!
各所の建築様式や歴史についてもすべて西村さんが説明して下さるのですが、ただのドライバーさんにあらず、本当に詳しいこと詳しいこと!もちろん地元の情報にも詳しく、撮影隊は西村さんおすすめの函館ラーメンのお店に連れて行っていただいたりしました。因みにこのHPの写真で確認するのは難しいかもしれませんが、実は西村さんのネクタイも牛柄です。ハイビジョンの映像なら、ストップモーションにすれば分かるかもしれません(?)

 
「モーモータクシー」です。さらにお願いすると牛の着ぐるみで案内してもらえるそうなので、勇気のある方はどうぞ。
大正12年に立てられた「日本最古のコンクリート電柱」。
電線が繋がっているので、現役です!



ギリシャ正教の「ハリストス正教会」(大正5年)。タマネギ型の屋根がロシアっぽさを感じさせますね。カトリック、プロテスタント、ギリシャ正教と様々な国や宗派の教会が揃っているのも開港都市ならでは。
 
         
 

旧函館区公会堂

「日本最古のコンクリート電柱」「ハリストス正教会」をまわって次に西村さんが案内して下さったのが、函館港を一望できる丘の斜面に建つ「旧函館区公会堂」。政財界の要人や外国からの客を迎える迎賓館でもあった建物です。
完成した翌年の明治44年、ここに当時皇太子だった大正天皇が訪れて3日間滞在されたそうで、その際にわざわざ増設されたというトイレ(後高架)と浴室(御湯殿)、寝室などが残されていました。


 


旧函館区公会堂、明治43年建築です。

大正天皇専用トイレです。北海道では採れない檜をわざわざ越後から取寄せて作ったといいますが、いったい何回使われたのでしょうか!?

大正天皇の寝室です。

フランスに特注したという寝室の壁紙には菊の模様がありました。しかし天皇家で菊といえば「菊の御紋」ですよね…?

 
         
 

赤レンガ倉庫群

明治時代の貿易港にあったことから「開港都市」の象徴のようなイメージのある赤レンガ倉庫。横浜・新港埠頭の赤レンガ倉庫が平成14年にショップやレストラン、文化施設としてリニューアルされましたが、ここ函館の「金森赤レンガ倉庫」も土産物屋やレストランとして観光スポットになっています。
実はこのレンガの積み方に「イギリス積み」と「フランス積み」があるということ、皆さんご存知でしたか?模様を見れば一目瞭然の違いがあり、しかもそれによってレンガの使用量、壁の厚み、建築費用、そして保温性も違い、中に保存される物によって使い分けていたと言う、聞けばなるほど納得の話なのです。金森赤レンガ倉庫にはイギリス積みとフランス積みが向かい合って建っている場所があり、違いを知るにはもってこいです。ぜひ放送でご覧になってみてください!
因みに他にも「アメリカ積み」「ドイツ積み」「オランダ積み」など様々な積み方があるそうで、横浜の赤レンガ倉庫はイギリス積みの変形であるオランダ積み、群馬県の旧富岡製糸工場はフランス積み…等々、一度見分け方を知ると、きっとどこの赤レンガ倉庫を見ても積み方が気になるはずです。

 


明治42年築の金森赤レンガ倉庫。一部は今も現役の倉庫として利用されています。

西村さんの説明に聞き入るお2人。因みにこれはイギリス積みです。

 
         
 

小森商店

さて、これまで函館の西洋風建築を巡って来ましたが、明治期に函館で流行したという独自のスタイルに、1階が和風、2階が洋風という「和洋折衷」の建物があります。
実際に函館市内を歩いているとあちらこちらで目にするのですが、そのうちの1軒、小森商店さんを訪ねます。小森さんのお宅はもともと船具屋さんだったそうですが、趣味が高じて漁船を一艘買取り、昔の船や漁の道具ばかりを集めた「海のアンティークショップ」を開いてしまいました。
店内には網に取り付けるガラス製の浮き玉、船員に食事時間などを知らせる鐘、大漁旗、舵輪などが所狭しと並んでいます。中でもノスタルジーをかき立てられるのが、港に霧がかかった時合図に鳴らしたという霧笛。実際鳴らしていただきましたが、「ブオォォォォォン…」と何とも言えない音が響きます。
そしてひとしきりレトロな品々を楽しんだ後は、奥さまの案内で2階へ。表から見ると洋風の作りになっていますが、中はどうなっているのでしょうか…?

 
和洋折衷の小森商店さんの外観です。2階は果たしてどうなっているのでしょう?


霧笛を鳴らす小森さんです。鞴(ふいご)のように空気を押し出すことで音が出ます。

 
         
  五稜郭

さて、函館の歴史散歩と言えば、忘れてはならないのが五稜郭。明治2年の函館戦争の際、旧幕府軍の榎本武揚や土方歳三らが立てこもり、明治政府軍と熾烈な戦いを繰り広げた場所です。2006年4月にリニューアルされ、47m高くなった「五稜郭タワー」から美しい星型の城郭を見下ろしながら、学芸員・木村さんに築城様式や歴史についてお話を伺います。
「なぜ五角形なのか?」という誰もが持つ疑問については放送でご覧いただきたいと思いますが、ここでご紹介したいのは、もともと五稜郭は幕末に“函館奉行所”(つまり幕府の役所)として建設された、という事実です。函館戦争の舞台となったことが有名なので、榎本武揚らが要塞として建設したのだと思いがちですが、そうではありませんでした。もともと江戸時代の奉行所は函館港の近くにあったそうですが、ペリー提督の黒船来航により、港から近い場所にあると艦砲射撃を受けやすいということで内陸に移転したというのです。その際に防御という観点から要塞も兼ねて造られた奉行所が、五稜郭でした。
また放送ではご紹介できませんでしたが、五稜郭のモデルとなったヨーロッパの星形城郭は周囲の堀に三角形の小さな島(半月堡と言います)をたくさん配置した形になっており、そこから侵入してくる敵を監視できるようになっていました。五稜郭にも半月堡が1つだけあるのですが、工事期間と費用がかかり過ぎることから途中で止めてしまったそうで、初期の設計図を見るとそれがわかるのです。五稜郭タワーに行くと展示されていますので、興味のある方はぜひ探してみてください。

 
旧タワーは60mでしたが、今は107mあります。


内陸にあるのがお分かりいただけると思います。手前の橋の先に“半月堡”があります。

 
         
 

函館朝市

さて函館の歴史にたっぷりと触れたところでちょっと腹ごしらえ、美味しいものを探しに行きましょう。函館で美味いものと言えばここ、「函館朝市」。もともとは戦後の食糧難の時代に、近郊農家のおばさんたちが集まって野菜を売っていた露天の市場だったそうですが、次第に膨張し、昭和31年に現在の場所に移転、今では北海道最大の市場となりました。巨大なドームの下に200件近いお店が並び、野菜、乾物から新鮮な海の幸まで、全て手に入ります!店のおばさんに話し掛けてみれば旬のものを教えてくれたり試食させてくれたり、函館弁が飛び交うその雰囲気は昔ながらの市場そのものです。

 
大勢の人で賑わう函館朝市です。


市場を練り歩いて、気になる物を見つけました。店のおばさんに聞いてみると…


珍しい、行者ニンニクでした。ちょうど今が旬で、醤油で漬けて食べるとおいしいんだそうですが、生でも美味です!

 
         
 

おぼろ昆布

さて、さらに市場内の海の幸が並ぶ通りを歩いていると、“シャッ、シャッ”という歯切れの良い音が聞こえてきます。ふと見ると、白装束の職人さんが何か薄く平たいものを削っているではありませんか。「何を作っているんですか?」と聞いてみると、「おぼろ昆布」とのこと。なるほど!しかし縮れるくらい細かく削り出した昆布と言うと、普通は「とろろ昆布」なのでは…?と思ってしまいますね。実は「とろろ昆布」とは、乾燥した昆布の薄い側面の方を、全て機械で削り出した物なのです。一方「おぼろ昆布」は平たい面のほうを職人さんの手で薄く薄く削りとったもの。熟練の技が必要とされるのです。
しかも放送では触れられませんでしたが、このお店で使っているのは道南のごく一部でしか獲れない「がごめ昆布」。普通の昆布よりも粘りが強く、その粘り成分の中に抗がん作用が含まれているということで、近年注目されている昆布です。しかしこの「がごめ昆布」、一般的な真コンブと違い、表面が山脈を刻んだようにデコボコで大変加工しにくいのだそうです。通常は出汁昆布にしたりお吸ましに入れたりして食べるのですが、この「がごめ昆布」を使っておぼろ昆布を作っているお店は全国にも数えるほどしかない、ということでした。店頭で、削りたてのおぼろ昆布を試食させていただきます。

 
おぼろ昆布を削る職人さん、物凄い早業です。


見て下さい、この薄さ!透けているのが分かりますね。まさしく職人芸です。
 
         
 

イカモニュメント

さて、さらに函館朝市を歩くダ・カーポのお2人、海産物の店が並ぶ広場で巨大なイカモニュメントを発見!
函館市は昔から、日本海を南から北に回遊する「スルメイカ」の生産地であるほか、「さきイカ」・「イカ塩辛」などイカ珍味加工品の生産地として有名です。夏から秋にかけてのイカ釣り漁船の「漁火(いさりび)」は函館の夜景を彩る代表的な光景として知られており、実はイカは「函館市の魚」として制定もされているのです。
というわけで、今年3月に設置されたばかりという高さ3mのこの市場のシンボルを眺めていると、近隣の魚屋さんに「しばらく手で触れてごらん」と声をかけられました。広子さんがやってみると、あら不思議!何と触れた部分の色が変わって手形が付くではありませんか!
実はこのモニュメントの表面には、イカゴロ(イカの内臓)のコレステロール成分から作られる「コレステリック液晶」が塗装されており、温度に合わせて色が茶色から黄色、緑へと変色するのです。市場の方から「カップルで手形を押してみると、2人の温度がちゃんと合ってるかどうか、これで分かっちゃうんだよね(笑)」と言われたダ・カーポのお2人、一緒に手形を押してみましたが、さて手形の色は同じになったでしょうか?

 
「温度差があったらバレちゃうな(笑)」と言いながら笑顔のまさとしさんと広子さんです。
 
         
 

いかようかん

さてもう1つ、イカをモチーフにした新しい函館名物があるというので訪ねてみます。
市内のお菓子メーカー「柳屋」さんが開発した、その名も「いかようかん」!
ダ・カーポのお2人がお店に入り、「いかようかんくださーい」と言いながらショーケースに近付いてみると、「あらま!」ケーキや和菓子と並んで、足のイボイボからヌメヌメした光沢感まで、まるで本物のイカそっくりな「いかようかん」が陳列されているではありませんか。というわけで、裏手の工場で職人さんが「いかようかん」を作る工程を見せていただきます。
驚いたのは、これが全く機械を使わず、1個1個完全な手作業で作られていること。ケーキの生クリーム搾り器でまず頭の部分の寒天を搾り、目玉をのせ、足を10本付け、その1本1本にイボイボを付けていきます。それだけでも気が遠くなりそうですが、これを職人さんは物凄いスピードと正確さで次々と搾っていくのです。
さらにイカゴロの部分はコーヒーを入れて茶色くした白餡でできており、輪切りにしても断面が本物のイカそっくりになるよう出来ているという懲りよう。どんなに頑張っても1日60本作るのが限界というのも、これを見れば納得です!

 
こうやって足のイボイボまで1個1個手作業で搾っていくのです。その数、1体につき100個!


完成した「いかようかん」をいただきます!
色といいヌメヌメ感といい、まるで本物のイカ。しかし口に入れてみるとコーヒー餡の味という、まことにシュールな体験です。
 
         
 

開港都市・函館の生きた歴史に触れながら、市場のおいしい食べ物や函館名物イカ(もどき)も味わった今回の旅。締めくくりは函館全景が見渡せる標高334mの函館山に登ります。イタリアのナポリ、香港と並ぶ“世界三大夜景”を見下ろしながら、旅の終わりです。

 
 
         
         
         
 

Copyright(c)TVMANUNION,Inc.,YTV
Allrightsreserved.