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(c)安野 光雅
 

みどころ

 
         
 

「江戸前」という言葉を聞いて、皆さんはどの地域を連想されますか?
実はこの言葉、元々は“江戸城の前”という意味だったそうです。徳川家康による江戸城周辺の埋め立て工事の際、雇われた工事人夫たちの食事は、城のすぐ前の浅瀬で獲れたウナギをぶつ切りにし、ご飯にのせた粗末なものでした。これが“江戸前の蒲焼き”と呼ばれるようになったのが、“江戸前”という言葉の始まりだったそうです(つまり家康が来る前は、江戸城の前まで海だったのですね)。その後東京湾全体で獲れた魚介を指すようになり、“江戸風”、“東京風”という意味でも使われるようになりました。
さて今回の旅人は声優・エッセイストの平野 文さん。過去に「遠くへ行きたい」では何度もご紹介していますが、築地で料理屋さんを営む魚河岸の三代目に嫁いで18年。今回初めて番組に登場となる夫・小川貢一さんに見送られて築地を出発、「江戸前」の東京湾から太平洋側の銚子まで、海の豊かさと、漁師さんたちの暮らしに触れる旅に出ます!

 


旅は朝焼けの隅田川からスタート。対岸に見えるのは月島です。

 
         
 

江戸前クルージング

 朝5時30分。勝鬨(かちどき)橋の袂の桟橋で待っていると、近付いてくる一隻の大型漁船。船橋漁協組合長の大野一敏さんが、はるばる船橋から築地まで漁船で迎えに来て下さったのです。平野さんのホームグラウンド・築地魚市場を横目に、「江戸前クルージング」へと出発です!
東京タワーや汐留の高層ビル群、晴海埠頭が朝日に浮かび上がります。レインボーブリッジをくぐり、お台場の観覧車を眺め、浦安のディズニーランドを過ぎて…普段見慣れた光景が、海から見ると一味違って見えます。“知っているけど、見たことのない東京”をお楽しみください。

 


勝鬨橋の袂から、漁船で出発です。

船から見た築地魚市場。
江戸時代には羽田から江戸川河口付近一帯で獲れた魚介を、船で日本橋の魚河岸(昭和初期に築地に移転)まで運んでいたそうです。現在はトラック輸送されています。


ダンディーな“都会の漁師”、大野さん。漁師歴50年、この半世紀の東京湾の漁場の変遷について、貴重なお話を伺います。

「普段は上を通ってるんだよね!」と平野さん。下から見るレインボーブリッジは如何に!?

 
         
 

船橋漁港の水揚

 約1時間半のクルージングの後、船橋漁港へ入ります。ここでなんと、200人以上の漁師さんが働き、300隻以上の漁船が漁協に所属しているというから驚きです!
  そして、次々と水揚されるプリプリに太ったサバ!その他にもスズキやアジなどたくさんの種類の魚が揚がり、この日の漁獲量は2t!多い時は一日にサバが15t揚がる日もあるといいます。不遜にも、東京湾がこんなに生き生きした海の幸の宝庫だとは、まったく知りませんでした。

 
船橋漁港に入港。ビルと高層マンションに囲まれた、都会の港です。


船倉から揚げられ、まだピチピチ跳ねているサバを、その場で活けじめにしていきます。東京近郊の風景には見えないでしょう!?

サバ以外にもこんなにいろいろな魚が揚がりました!

 
         
 

アサリ漁

 さて船橋の一帯には、三番瀬(さんばんぜ)と呼ばれる、1800ヘクタールもの広大な干潟の海が広がっています。ここは東京湾の水の浄化や、魚の繁殖の場ともなっている豊かな海で、江戸時代からスズキやカレイ、アサリ、アオヤギ、ノリなどの漁場として知られてきました。かつては一番瀬、二番瀬もあったそうですが埋め立てられ、今はここ三番瀬だけとなったそうです。
  秋はアサリのシーズン。「三番瀬では今、いいアサリが揚がってるよ」という漁師さんの言葉に引かれて、アサリ漁の船に乗せていただきます。
  船橋一帯には江戸川河川敷の真水が入り込んでいて、その真水と海水のバランスが、甘味のあるアサリを作るのだそうです。ただし真水自体はアサリを弱くするそうで、「船橋のアサリは日持ちはしないけど、食べたら最高だよ!」と、案内してくださった高山さんはおっしゃっていました。

 
三番瀬の干潟を歩きます。背景に見えるのは浦安の高層ビル群。かつての東京湾にはこんな干潟がたくさんあったそうですが、95%が埋め立てられました。

三番瀬一帯に、こんなにたくさんのアサリ漁の船が出ていました!

水深1〜1.5m、底が見えるくらいの浅瀬が漁場。この大きなカゴに、アサリがギッシリです!

たった2回で、こんなに獲れました!
船橋のアサリは粒が大きく、実が黄色味を帯びているのが特徴です。冬にはアオヤギの漁場ともなり、高山さんは「三番瀬は宝の海」とおっしゃいます。
 
         
 

銚子のキンメダイ

JR総武本線に乗って、東京湾から一路、太平洋側の漁業基地、銚子市へ向います。
北からの親潮と、南からの黒潮が沖合でぶつかる銚子市は、様々な種類の魚が豊かに揚がり、古くから沿岸、沖合、遠洋漁業の基地として知られてきました。昨年の漁獲量は26万1000tで日本一!
そんな銚子のブランド魚として最近人気なのが、キンメダイ。秋から冬にかけてがシーズンだそうですが、銚子では早くも大量に揚がっていました!3つもあるという銚子の魚市場の1つを歩きます。

 


利根川が太平洋へと流れ込む河口に、銚子市が広がります。

銚子第三魚市場はそこら中キンメダイで真っ赤っか!

 
         
 

キンメダイ料理

という訳で、漁港の目の前にある魚料理の居酒屋さんで、キンメ尽くしの料理をいただきます!
ここで特筆すべきは「キンメダイのなめろう」。なめろうとは、おろした魚にネギとショウガと味噌を加えてたたいたもので、千葉の漁師料理の代表ですが、普通はアジで作ることで知られています。ご主人の今津さんは、ここ4〜5年、“銚子と言えばキンメダイ”と言われるようになって来たので、キンメでなめろうを作ってみたらどうだろうと思い付いたそうです。その味はアジよりもサッパリとしていて味噌との相性も良く、絶品!
さらに特筆ものなのが、このなめろうをワカメと一緒に氷水に浸した「水なます」、これがもう筆舌に尽くしがたく美味い!キンメの脂とダシ、味噌の味が氷水にうっすら沁みて、ワカメがサッパリとした冷たさを引き立てます。かつて漁師さんたちはこれを、船の上でご飯にぶっかけて食べたそうで、それもまた最高に美味いだろうな…と、際限なく想像が広がります。

 


キンメダイの刺身となめろうです。

これが「水なます」。味はとにかく想像してください!

水なますを食べた瞬間の平野さんは、「うーん、うーん…」と2回唸った後、「ハハハッ」と笑い出しました。つまり言葉が出なかったんですね。

 
         
 

外川へ

銚子電鉄に乗って、終点の外川(とかわ)へ向かいます。
外川は、イワシを追って紀州和歌山からやって来た漁師さんたちが作った、銚子で最も古い漁港。碁盤の目のように拡がる路地や坂道を歩いてみると、銚子の中心部とはまた違った昔ながらの漁師町の風情が残っています。船橋からでもわずか100キロ、同じ千葉県の漁師町でも、それぞれ雰囲気が違うことに驚かされます。

 


銚子電鉄。
銚子と犬吠埼を結ぶ1両編成の小さな電車です。昔は魚の運搬にも使われたとか。

かつて漁師の若衆が練り歩いた、石畳の坂道を歩きます。

 
         
 

外川ミニ郷土資料館

町を歩いていたら、活魚問屋なのに郷土資料館の看板の下がった、面白いお店を見付けました!早速中へ入ってみると、普通の魚屋さんのように冷蔵ケースがあり、中にはイワシの佃煮、鮮魚のサンマやキンメダイなどが並んでいます。しかし壁には漁業に関する様々な展示品が…実はここ、町の魚屋さんが観光客の憩いの場を作ろうと、地元の人たちの協力を得て今年3月に開館したばかりの、手作り博物館。奥から出てきた、島田泰枝さん(実はこの方が資料館の館長さんなのです)が案内して下さいます。

 


「活魚問屋」なのに「資料館」の看板、気になりますよね!?

昔の漁具や大漁旗、地元の人たちが貝殻で作った工芸品など、様々なものが並ぶ手作り博物館です。

約100年前の漁師の晴れ着、万祝(まいわい)の説明を聞く平野さん。
大漁の時、網元から漁師全員に配られたボーナスだったそうです。

 
         
 

大杉神社

外川の漁師さんたちは自然や海への畏怖と感謝の心を、古くから大切にしてきました。港のすぐ近くにある外川の氏神様、大杉神社にはそんな信仰心の現れの物がたくさん残され、今も大切にされているといいます。郷土史研究家の永澤謹吾さんに、案内していただきます。
番組ではご紹介出来ませんでしたが、外川には竜宮城伝説への信仰が根強く残り、海亀は竜宮城への使いとしてとても大切にされているのだそうです。全国的に海亀を食べる習慣のある漁村は数多くあるそうですが、銚子では決して食べない、と永澤さんは教えてくださいました。
そんな海亀が頭をのせて休憩していたことから、「亀の枕」という名の付いた流木が、この大杉神社の境内にあります。町内の「金宝丸」という漁船の漁師さんが、漁の帰りに海亀がこの木に頭をのせてプカプカ浮いているのを偶然見付け、木を引き上げて、代わりに船にあった雑木を亀に返し、持ち帰って大切に奉納したところ、金宝丸はその年一番の大漁だった、というのです。
しかし驚くのは、それがわずか3年前の出来事だということ(笑)まるで何百年も前の伝説のように信神深く、またのんびりしたお話しですが、外川の漁師さんたちが今でも海に感謝の念を抱いているのがよく分かるエピソードですね。

 


境内で身振り手振りを交えて説明して下さる永澤さんです。
漁師町・銚子が大好きでたまらないのが、その口調やお話しから伝わってきます。

これが「亀の枕」です。

 
         
 

網細工

外川に住む中では一番ベテランの漁師さんに入る田村精一さんは、4年前まで現役で船に乗っていた79歳。海のこと、漁のこと、昔の漁師町の暮らしや習慣、お祭りに至るまで、まるで漁師町の生きじびき。天気を読むことについても永年の知識と経験とカンを持ち、なんと気象庁の研究者にもレクチャーをしたことがあるそうです。
そんな田村さん、使い古した漁用の網を再利用していろいろな物を作るのも得意技の1つ。その網を縫うスピードも猛烈に速い!“漁師の手は器用なんだよ。船の上には女の人がいねかったからよ、漁師は料理から何から、全部自分でやったもんだよ”。そんな田村さんに網を使ったリサイクルの袋作りを教わりながら、漁師の知恵のお話しをたっぷり聞かせていただきます。
昔はその網で作った袋に、ご飯をたっぷり詰めたおひつを入れ、毎朝ぶら下げて港へ出かけたそうです。番組ではご紹介できませんでしたが、船の上で獲れた魚をさばき、夏には“ひゃっこい”味噌汁を作っておひつのご飯にぶっかけて食べるのが最高に美味かったもんだよ、という田村さんのお話しが、本当にありありと光景が目に浮かぶほど描写が細かく、美味しそうでした。そして空になったおひつをあることに利用した…というのが、番組でご紹介する漁師の知恵のお話し。その他、漁師町の旧正月、荒っぽい“乗り初めの儀式”のお話しなども伺います!

 


笑いの絶えなかった田村さんとの網細工。ゴツゴツとした無骨な漁師言葉の中に、包み込むような優しさを含んだ田村さんの語り口、ぜひ放送でご覧ください!

 
         
 

築地を出て、江戸前の船橋から太平洋側の銚子まで、様々な魚と漁師さんたちの暮らしに触れた今回の旅。言わば築地の市場に魚がやって来るルートを遡ったわけですね。
東京湾やお隣の千葉県に、こんなに豊かな海と、昔ながらの“漁師らしい”人々の暮らしや知恵が生きているとは、本当に驚きでした。「江戸前」はまだまだ生きている、そんなことを実感して、犬吠埼で旅は終わります。

 


 
         
         


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