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(c)安野 光雅
 

みどころ

今回の旅人は、パワフルで個性あふれる演技派俳優・原田大二郎さんです。最近では「ハウルの動く城」の犬・ヒン役の声を好演したことでも有名です。京都では芝居で何度も訪れている原田さん。「昔は京都で芝居が成功すればどこでも通用した。」と話していました。長い年月をかけて育んできた京都ならではの「修理文化」を訪ねる旅です。


 
         
 

キョート・キモノ・クリニック

「修理が出来ない職人は本物の職人じゃない。」キョート・キモノ・クリニックという着物の修理専門のお店を営む吉田隆男さんはそう豪語します。着物は代々受け継がれていくものなので汗じみや虫食い、ほつれなどさまざまなトラブルに遭います。しかし、全国でも着物の修理を専門とするお店も珍しいのではないでしょうか。このお店では、色あせた着物を染め直すときは、着る人の年齢や雰囲気に配慮して染めるそうです。例えば四十五歳ぐらいの女性の着物なら、元の着物の色が薄ピンクだとすると、薄紫に近いピンクに染めるそうです。着物を預かったときに作る修理のカルテには事細かに直し方が指示してあります。これだけ手間ひまかけて一つの着物を直しますが、絶対に買うより高いお金はもらわないそうです。「儲けようと思ったらあきまへん!」心に刺さる一言です。

 


薄くなった細い線を全て手筆でなぞってくれます。

 
         
 

洗い張り

皆さん、着物はパーツを全て縫い目にそってほどいていくと、十二、三メートル程の一本の反物になることをご存知ですか?昔の人はほんとによく考えついたものです。一つの反物に戻れば、染めるにしても洗うにしても全体にくまなく手入れができます。しかし、着物の全てのパーツをほぐしてばらばらにし、それをロックミシンで縫って、ごしごしたわしで洗って、干して、更に布がぴんと張るように竹針を裏に張るという作業は気の遠くなるほどの時間がかかります。紀平昌基さんが営む「紀平張」では少人数でこの全ての作業を行っています。その仕事には地元の人々から定評があり、撮影中もひっきりなしにお客様が訪れていました。着物をめったに着なくなったこの時代に!です。「さすが京都!」と感動するかと思いきや、原田さんは、手縫いに比べるとはるかに効率をよくしたロックミシンに感動していました。それを聞いた紀平さんも「京都の人は、美しいものをつくるために新しいものをどんどん取り入れていくんです。」とにこやかなつっこみ!着物の取材だけでも番組が出来上がりそうですが、まだまだ京都の奥深い職人さんを巡る旅は続きます。

 


ながーい反物。これをもとの着物に仕立て直せばしわ一つない新品同様になります。

 
         
 

井川建具店

夷川通りを鼻歌交じりに歩いていた原田さん、突如足が止まりました。目の前には道路にはみださんばかりの建具の板が・・・!ここ、夷川通りは家具屋の多い町です。その中でも京都ならではなものは、中古の建具を売っているお店があるということです。それが井川建具店。京都に住む人々は、町屋作りの家に憧れる人も多く、昔ながらの建物、家具、建具にとことんこだわります。だからこそ商売が成り立つのだそうです。使い捨ての社会の中で、今京都では町屋風の建物のレストランや喫茶店、雑貨屋が流行っています。井川建具店で売れていく建具の九割は中古品だそうです。古くて風情があれば、新品の建具を注文して作るよりはるかに高い値段が付くことも。

     
         
 

アラキ工務店

井川建具店で町屋の話を聞いた原田さん、町屋のリフォームをしている工務店があると聞いて、さっそくアラキ工務店へ。代表取締役を務める荒木勇さんは、若い大工が働きやすい環境作りに努めてきました。そのせいもあって、アラキ工務店で働く大工のほとんどは二十代の男女ばかり。「少子化で跡継ぎがいない・・・!」そんな嘆きは、この工務店にはありえません。ほとんどの人が中学卒業したらすぐに働き出しているので、三十代で棟梁になれるくらいの高度な技術を持っています。若い女性も、大きな木を担いで大工仕事をします。ここでは実力主義。もし、五年以上たっても腕が上がらなければ、現場を任せられません。そういう人は残念なことにやめていくそうです。厳しい職人の世界!しかし、荒木さんはそれは当然のことだといいます。古い家屋を出来るだけ残してシロアリなどでどうしても駄目になった柱だけを取り替える町屋のリフォームの仕事の難しさは半端じゃありません。柱を取り替えるとき、補強材をつける位置、打つ杭を一つ間違えただけでも崩壊しかねないほどデリケートなのです。でもそれを乗り越えることで得た技術は、きっと京都の人々にとっても大事な財産になるはず!がんばれ、若者達!!

 
木をストックする場所。昔は薪など木を使うことが多かったので、常に一杯ストックされていました。

若い人を預かるゆえ、「ケガが一番心配。」社長の荒木さんのお手製のポスター。
かんな削り。鰹節みたいに薄く削れても幅が太くないと先輩からは合格が出ません!
 
         
 

仏像修理

どんなものも長い時間たてば風化していきます。木で作られた大仏なら尚更です。京
都伝統工芸大学校では、大仏や観音も修理できる技術を学校で教えています。須藤光昭先生は、この学校の先生をしながら自らも作品を作ったり大仏を修理する工房を営んでいます。多くの卒業生が先生の元で働き、腕を磨いています。先生は、古いものの彫り跡を真似て修理していくことが大事で絶対に自分は出してはいけないと生徒たちに教え込んでいます。古いものの彫り跡はそれをなぞるだけでとても勉強になるのだそうです。ここで働く仏像彫刻家の卵たちは皆とても純粋に修理をすることが好きでたまらないといった様子。皆さんお若いのですが、彫ってる姿は立派な芸術家そのものです。


 


工房の皆さん。何か一つのことに打ち込んでる姿はとても純粋で新鮮です!

「気が優しくてそれが作品にも表れてるんです。」須藤先生にそう評価される萬谷さん。あまりにも真剣で話しかけられません。

 
         
 

思い出工房

町屋・大仏・着物ときて、お次は、漆です。石川光治さんが営む石川漆工房では、漆器の修理も行っています。「最初は人が作ったものを直すなんて嫌で、新品を買ってもらったほうが私たちも助かると思っていた。だけど、そのうちお客様が一つの漆器に対する思い出を聞くのが楽しくなってしまって、喜んでもらえるなら修理もしよう」と話していた石川さん。商売よりやりがいが優先になってしまう程の。石川さんのところには、いろんな修理品がやってきます。どれもお客様の思い出話をきいて直しにかかるので、いつしか石川漆工房の中で「思い出工房」という部門ができていきました。石川さんの修理で一番面白いところは、全てを直すのではなく風情があると思った傷や柄の薄れは残しておくという点。多くの場合お客様も納得してくれて石川さんの感性がこもった漆器に仕上がるそうです。石川さんへのインタビューは一時間以上にも及びましたが、ずっと約十kgのカメラを持ちっぱなしだったカメラマンが「話が面白すぎて、あっという間に時間がたった。」とつぶやいていました。原田さんも含めその場にいるみんなが引き込まれてしまいました。

 


ものより思い出。いやいや、ものも思い出も両方残しましょう!

 
         
         
         

京都の旅で、原田さんは二度も泣いてしまいました。日本にはまだこんなに伝統と文化を重んじる人々がいたんだと、同じ日本人としてとても誇りに思います。今回取材させていただいた所、全てに当てはまるのが、本来の良さを生かしつつ、時とともに劣化してしまった部分だけを直すという点でした。一見、「修理をする」という仕事は、地道な作業に見えるかもしれません。しかし、京都の修理人達はお金を稼ぐことや、新品を生み出すこと以上に、修理をするということの大切さを知っています。なぜなら、人間の感性は小さな傷やほころびさえも思い出にする力を持っているからです。思えば、時の流れに耐えようとするのも人が持つ独特の感性かもしれません。時代を乗り越えて受け継がれていくものは世の中にそう多くはないけれど、その中でも生き残ってこれた職人技は多くの人々の気持ちによって支えられてきたのではないでしょうか。「古いものを残そう」という京都の人々の熱い気持ちを今回の旅ほど感じた時はありませんでした。


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