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(c)安野 光雅
 

みどころ

 
         
 


暖冬と云われていた今年ですが、師走に入った途端、急に冬らしくなってきましたね。今回の旅先・富山県黒部地方では、ロケ中の11月22日に突然初雪、それも結構な大雪で、土地の方々もみな驚いていました。今年の「遠くへ行きたい」では初の雪景色をお届けすることになりそうです。
それにしても、富山の天気は変わりやすい!目の前に荒々しい日本海、背後には3000m級の山々が連なる立山連峰というダイナミックな自然環境のせいでしょうか。撮影は大変でしたが、晴天、紅葉、雪景色、場所も山、川、海と、黒部地方の様々な表情をお見せすることが出来そうです。
さて、今回の旅人・白井貴子さんは最近伊豆半島に土地を求め、森と海に囲まれたエコライフを目指して奮闘中とのこと。そんな自然環境に興味津々の白井さん、富山の壮大な自然とどう向き合うのでしょうか。

 


白井さんの祖父母は富山県出身だそうです。
幼い頃の記憶が随所に蘇る旅となりました。


 
         
 

黒部峡谷鉄道(トロッコ電車)

旅の始まりは、山深い黒部峡谷を下る「トロッコ電車」から。もともと昭和12年に、あの〈黒部ダム〉建設の資材や作業員運搬のために敷設された軌道だけに、この鉄道には“観光用”ではない“実用の無骨さ”があります。列車は深い峡谷の断崖を曲がりくねって進み、トンネルなどは大変狭く、昔は工事作業員に便乗する地元のお客さんの切符裏に「生命の保証をしません」と書いて渡したこともあったとか。それだけに、普通の観光列車にはない、ダイナミックな景観が楽しめます。今年は暖冬で紅葉が残っていたところに撮影前日大雪が降り、〈雪山の紅葉〉という大変珍しい光景となりました。
注)黒部峡谷鉄道は厳冬期運休、来年4月下旬再開の予定です

 


黒薙(くろなぎ)駅の手前、断崖に掘られたトンネルから出てくるトロッコ電車。

深い峡谷の底を、エメラルドグリーンの黒部川が流れます。

 
         
 

黒部川扇状地〜生地(いくじ)の町

さて、今回の旅のテーマは、ずばり「水」。立山連峰から発した黒部川は峡谷を抜けて富山湾へ注いでいますが、その距離わずか85q。3000m級の山々から海抜0mまで一気に駆け下りるのですから相当な急流で、古くから〈暴れ川〉として知られてきました。その力強い流れが山々を削り取り、土砂を押し流して形成したのが、日本最大の〈黒部川扇状地〉。
また立山連峰からの雪解け水は伏流水となって地下を流れ、黒部川河口の港町・生地(いくじ)で湧き水となって出ています。この湧き水を地元の人々は清水(しょうず)と呼び、生活用水や飲料水として利用してきました。生地には清水(しょうず)を利用した井戸が約600箇所、共同洗い場が10箇所もあるそうです。

 

 
立山連峰と黒部川扇状地。
深い山から黒部川が一気に下っている様子がよく分かりますね。

港町・生地(いくじ)の漁港。
漁船の背後に雪を頂いた山脈、なかなか見られない光景です。

共同洗い場は地元のお母さんたちの“交流の場”。
白井さんも“井戸端会議”に参加です!

 
         
 

皇国晴酒造(みくにはれしゅぞう)

そんな清水(しょうず)の特性を活かした、生地ならではの酒造りをしている酒蔵があります。明治20年創業の「皇国晴酒造(みくにはれしゅぞう)」。この酒蔵の敷地にはなんと2箇所の清水が湧いているのですが、10mと離れていないのに飲んでみると味が全く違うのです!
実は一方はカリウムやマグネシウムを多く含んだ「硬水」、もう一方は「軟水」なのだそうで、その理由は水系が違うこと。従って井戸の深さも違い、軟水の方は60m、硬水の方は130mの深さから湧き出しているのだそうです。
さて、この酒蔵のユニークなところはここから。酒の仕込みには基本的に軟水を使うそうですが、酵母の発酵が衰えてくると硬水を足してやるのだそうです。これを「追い水」と呼び、それによって硬水のミネラル分が酵母を活性化させるといいます。その度合いと量は杜氏さんの経験と勘により、それによって一タンクずつ酒の味も変わって来るといいますから、まさしく清水が酒の味を左右しているといっても過言ではありません。

 
「硬水」の清水の前で。
2種類の湧き水を飲み比べする白井さんです。


「追い水」をして、櫂でかき混ぜています。

「追い水」は、言わば“酵母のカンフル剤”。
これで元気に発酵してくれるでしょうか…?

 
         
 

生地中橋

さて、生地は富山湾に面した漁業の町でもあります。その漁港の入口にかかっているのが、生地中橋。通勤通学に利用され路線バスも通っているという“生地のライフライン”ですが、実はこの橋、漁船が出入りする時は橋の一方を基点に回転し、船を通すという「動く橋」なのです。
生地の漁港はかつて海に面した海岸沿いにあったそうですが、富山湾は天候の変化が激しく海も荒れるため、内陸に掘り込みの港を作りました。それによって町が東西に分断されたため、漁港の出入り口に「動く橋」をかけて住民のライフラインにしたという訳なのです。
この橋の操作室には24時間365日操作員が就いており、出入りする全ての船の出港・入港時刻を記録して、荒波の日本海へ出てゆく漁師たちを見守りつづけてきました。富山湾の自然の厳しさが伝わってくるお話ですね。


 


昭和56年に作られた、日本初の〈旋回式可動橋〉。
橋が回転し、漁船が入港します。

10年間出入りする漁船を見守りつづけてきた米屋義光さんにお話を伺います。

書き続けられてきた漁船の記録です。

 
         
 

定置網漁

そんな生地中橋に見守られながら深夜2時に出港し、〈定置網漁〉に連れて行っていただきます!漁場は港からわずか20分と近いのですが、少し沖へ出ただけであっという間に風が強く、波が高くなってきました。私たちが乗った大型漁船と、相方の小型漁船の2隻で定置網を挟み、両側から引き揚げていきますが、その小型船が私たちの目線より高くなったり低くなったり、揺れること揺れること!この海のダイナミックな激しさはとても写真と文章では伝わりませんので、ぜひ映像でご覧になってください!
その船上で、黒部漁協組合長の松野均さんからも、富山の自然の壮大さを教わることとなりました。日本海では約800種類の魚が獲れるそうですが、その内のなんと500種類が、富山湾で獲れるそうです。なぜ富山湾の魚はそんなに豊かなのか?その答えが、やはり山、川、海をつなぐ「水」にあったのです。
実は黒部川は富山湾に達したのち、そのまま海底谷に繋がっているのだそうです。谷はまさに断崖絶壁、その深さおよそ1000m!そしてその海底谷の底からも、立山連峰からの雪解け水が伏流水となって湧き出しているそうです。山の養分やプランクトンを含んだ伏流水はさまざまな種類の深海魚を引き寄せ、そのため富山湾の魚は種類が豊富なのです。また海の上層はちょうど寒流と暖流がぶつかる地点でもあり、回遊魚も入ってきます。有名な“富山の寒ブリ”も、こうして入ってくる魚の一種なのだそうです。

 


大揺れの甲板で、波飛沫を浴びながら網を引き揚げる漁師たち。

次々に揚がる魚が籠の中でビチビチと跳ねる。

判別しきれないほど種類も豊富!

 
         
  漁師鍋

さて、せっかく漁へ出たのですから、ぜひとも富山湾の海の幸を味わいたいものです。
というわけで、獲れたての魚を豪快に入れた“漁師鍋”をご馳走になりました!
鍋を頂きながら漁師さんたちに聞いたのは、富山の自然の厳しさを改めて認識させられるお話でした。氾濫する黒部川や荒波の富山湾に囲まれた黒部地方は、昔とても貧しい土地で、多くの漁師さんたちが活路を求めて北海道へ出稼ぎに行っていたというのです。それは明治から昭和40年代まで続き、北海道で遭難した方々も多かったと言います。
お話を聞かせてくださった能登繁さんは70歳、田中實さんは75歳。実際に若い頃北海道へ出て、命の危険にも遭った方々でした。それでも「出稼ぎには親元を離れて自分一人で食っていく、自由な魅力があったよ」「だから遭難とかおっかない目にあっても、魚に惚れるっていうか、漁師魂っていうか、“またや、またや”って北海道へ出て行ったもんだよ」「今わかるのは、自分たちが過した時間は素晴らしかったということ。学校では勉強できない、実地でしか分からない経験だった…」
そんなお話を聞きながら、厳しい自然条件にもめげず、逆に「楽しもう」という心で立ち向う、そんな富山の漁師さんたちの底力を見たような気がしました。

 

 
浜辺で漁師さんやその奥さんたちとワイワイ鍋作りです。

本日の材料は、ズワイガニと深海魚のタナカゲンゲ!

「富山に来たら食べたいと思ってた物が全部入ってる!」と白井さん。

今は穏やかな富山湾をバックに、厳しかった富山の歴史を伺います。

港の背景に夕焼けの立山連峰が見えていました。
まさに海と山に抱かれた土地…

 
         
  流木アート

黒部市からJR北陸本線に乗り、新潟県との県境の町・朝日町へ。
日本海の荒波は、流木や貝殻、波に洗われて丸くなったガラス片など、様々なものを海岸に打ち上げます。そんな“日本海の落し物”を拾い集め、ちょっとユニークな〈流木アート〉を作っているのが、この朝日町に住む寺崎裕子さん。
実は旅人の白井さんも、地元・湘南の海岸を散歩しては集めたゴミを組合わせ、インテリアやオブジェを作るのを趣味にしているのです。そんな訳ですっかり意気投合した女性2人、まずは浜草野集落の海岸で流木や形の面白いゴミを集め、寺崎さんのお宅で作品作りです!
寺崎さんのお宅は専業農家。かつての農家では、収穫が終わって農閑期になると女性たちが稲藁を使って正月用の注連飾りなどを作ったそうですが、寺崎さんの作品はその現代版と言えるかもしれませんね。

 

 
すっかり意気投合して落し物拾いに熱中するお2人です。

集めた流木や貝殻に囲まれて、作品作りに熱中する白井さん。
寺崎さんがアドバイスを送ります

出来上がった白井さんの作品です。
ちょっとクリスマスっぽい雰囲気に仕上がりました!海岸で拾った鍋がポイント。
 
         
 

蛭谷和紙(びるだんわし)

日本海から小川をさかのぼり、山間の集落・蛭谷(びるだん)へ向かいます。
ここでは村を流れる清水を利用して、400年前から和紙が漉かれて来ました。「蛭谷和紙」と呼ばれるその和紙は五箇山、八尾の和紙と共に「越中和紙」と呼ばれ、国の伝統工芸品にも指定されているほどの名品。農家の農閑期の仕事だったという紙漉きは、明治・大正時代には130軒と村のほとんどの家で行われていたそうですが、昭和28年の大火でほとんど消滅。ただ1人残っていた職人さんも4年前に86歳で引退されるという状態でした。その和紙作りを何とか復活させたいと村へやって来たのが、川原隆邦さん(26歳)。
「歴史的なものって、1日で消えてしまう。僕1人で400年を作ることはできないけれども、僕が続ければその400年は続いていくんだから、誰もやらないなら僕がやろうかなと思って…」という川原さん。その穏やかな語り口調の中に、秘めた思いを感じます。

 


蛭谷を訪れた日は、折りしも初雪。

きれいな水と、山から採って来た天然の楮(こうぞ)。
自然の素材だけを使う和紙は化学薬品を使わないため、1000年でも長持ちするそうです。

独自の和紙作りにも挑戦されています。水滴を利用して模様を付ける〈落水紙〉。

和紙を利用したランプシェード〈玉灯り〉。
伝統とモダンの組合せが、落ち着いた雰囲気を醸し出します。

 
         
  しんしんと降り続く雪の中、紙を漉く簾桁(すけた)の上で水が踊る音が鳴り響きます。
山間の静かな集落で、400年の伝統を背負った青年がひっそりと和紙を漉く姿。
山と水の恵み、その中で生きて来た人々の長い時間の積み重ねを感じながら、旅を終わります。

 

 
 
         
         



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