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(c)安野 光雅
 

みどころ

 
         
 

今回の旅人・益子直美さんは大の島好き。これまでにも石川県の舳倉島、伊豆七島の御蔵島、長崎県の五島列島など、日本の数多くの島を旅してきました。本土と違って人や物の出入りが限定されてきた“島”では、独特の風習や生活文化が温存されているので、ある意味日本の原風景を見るようで面白いですよね。(もっとも日本全体が“島国”ではありますが・・・)
さてそんな中で、38年以上続いている「遠くへ行きたい」がまだ一度も訪れたことのない島、それが小笠原諸島なのです。何しろ飛行機は飛んでおらず、船は東京の竹芝桟橋から約6日に一本出る「おがさわら丸」のみ、所要時間は25時間半!飛行機で25時間かければ地球の裏側まで行ける時代に、まさしく「一番遠い日本」。果たしてどんな島なのか、期待は高まります。

 


竹芝桟橋を出港して25時間、ようやく見えてきた小笠原諸島を眺める益子さん。「いやー、長かった・・・」

父島が近付いて来ました!

 
         
 

父島へ到着!

下船すると、港にはたくさんの出迎えの人々。船からは早速荷物を積んだコンテナが次々と荷揚げされていきます。おがさわら丸は人だけでなく生活物資や郵便物など、全てを運ぶライフライン。入港日直後は町の商店も活気づくほど、小笠原の人々の生活を支えているのです。因みにここでは、新聞も一週間分まとめて商店に並べられるそうです。

 


おがさわら丸からコンテナが荷揚げされます。手前に停まっているのは郵便局のトラック。宅配便のコンテナもありました。

 
         
 

スーパー小祝

さてここは一体どんな島なのか?何はともあれ町歩きです。居酒屋、焼肉屋、雑貨屋などが並ぶ島の繁華街を抜け、やや広めのメインストリートへ。そこで南国風の看板を掲げた「スーパー小祝」を見つけました。島の暮らしを垣間見るならスーパーや商店を覗くのが一番!という訳で、早速入ってみます。
おがさわら丸の入港日直後だからか、商品棚は意外に品揃えが豊富。値段が少し高いくらいで、東京のスーパーとほとんど変わりません。野菜、果物、肉、魚、缶詰、酒、何でもあります。
・・・と思っていたら、「ん!?」小笠原特産品コーナーで変わった缶詰を見つけました。それが「アオウミガメ肉煮込」と書かれた、普通の2倍はあろうかという大きな缶詰。「えー!?ウミガメの缶詰があるの!?」と益子さん、早速スーパーの店員さんをつかまえて尋ねてみます。


 
トロピカル風の看板が目印の「スーパー小祝」さんです。

ウミガメの缶詰!?しかも1缶1575円となかなかの高級品。


「島の人は昔からウミガメ食べるんですか・・・?」半信半疑の益子さん。果たして中身はどんなものなのか?
 
         
 

島ハチミツ

さて小笠原ならではの食べ物としてもう一つ有名なのが、島ハチミツ。亜熱帯気候である小笠原諸島には、70種類以上の固有の花があると言われています。パッションフルーツやグアバ、オレンジなど、南国特有の花々からミツバチが集めてくる“島ハチミツ”は、ハチミツ特有の甘ったるさがなく、爽やかでフルーティーで、何とも云えない味なのです。
父島でお父さんから受け継いだミツバチを大切に育てているのが、瀬堀ロッキさん。ハチの種類は日本ミツバチより一まわり大きい“西洋ミツバチ”で、日本の西洋ミツバチはここ小笠原が発祥なのだそうです。
名前から分かる通り、実はロッキさんの祖先はアメリカ人。小笠原諸島に最初に人が住み着いたのは1830年(江戸後期)で、欧米系5人とハワイ島からの移民20人だったといいます。その1人、マサチューセッツ州から移民してきたナサニエル・セーボレーがロッキさんの先祖。明治9年に小笠原が日本の領土となった時、島の欧米人は全員日本に帰化したといいます。“瀬堀”という名前はセーボレーを日本語読みにしたもので、ロッキさんは5代目。食料の確保が難しかった小笠原で、アミノ酸をたっぷり含んだハチミツは大変重宝され、当時は貴重な栄養源だったそうです。

 
父島の港が見渡せる丘に、ロッキさんの養蜂場があります。

父・エーブルさんから受け継いだ7箱の養蜂箱を、大切に育てて90箱まで増やしました。

1箱に約2万5千匹のハチが棲み、1匹の女王バチの指揮命令系統で全てが動いているそうです。

ハチの巣から直に採れたハチミツの塊をいただきます!
「うーん、これはグアバとシャリンバイのブレンドだな・・・」巣箱によって味が違うというミツの味を、ロッキさんは一口食べて当ててしまいます。

 
         
 

ホエールウォッチング

小笠原での海のイベントといえば、何と言ってもホエールウォッチング!ちょうど2月は北の海で摂餌活動をしていたザトウクジラが繁殖のため小笠原付近に回遊してくるベストシーズン。益子さんもスタッフも、皆高鳴る期待を胸に10人乗りの小型クルーザーで外海へ出ました。しかしこの季節の海は揺れること揺れること!この日も天気予報の波高は4m、益子さん含め船酔いに弱いスタッフには試練の3時間となりました。
とは言え、「あ!出たー!!」とガイドさんの声が聞こえると、不思議と船酔いなんか吹っ飛んで、ブロウ(潮吹き)や時折見える尾ヒレや顔(成長したザトウクジラは体長13〜14m)に吐き気も忘れて釘付けに。“目の前の海面下にこんな巨大な生き物が暮らしているんだ・・・”と思いながら、自分たちの小ささを実感できた貴重な体験。この興奮はぜひ映像で感じてください。

 


時折まともに波を被るので、タオルで顔を覆う益子さん。スタッフもカメラも完全防備です。

「9時(の方向)!」「あ、出たー!!」船酔いを忘れる瞬間!

「メイティングポッド」と呼ばれ、5〜6頭集まっている珍しい場面に遭遇しました。写真ではこれで精一杯、もっと見たい方は番組でぜひ!

 
         
 

和紙っ魚(わしっこ)ギャラリー

亜熱帯の小笠原は、ここならではの様々な熱帯魚を見ることも出来るダイビングのメッカでもあります。そんな魚たちを和紙で再現した“和紙っ魚(わしっこ)”という、島で人気のお土産があるというので、ギャラリーを訪ねます。
ギャラリーのオーナー・成瀬登志美さんは、笑顔がとても元気な京都出身の女性。“老後は暖かい所で暮したい”と仕事を辞めた御主人・勉さんと共に、15年前父島へやって来ました。ダイビングなどするうちにすっかり熱帯魚の美しさに魅せられてしまった勉さんが、「何か小笠原らしい土産物を作りたい」と言って独自に考え出したのが、この“和紙っ魚”だったといいます。残念ながら勉さんは4年前に亡くなりましたが、「皆が作る和紙っ魚は、それぞれ作風が違っていい」というのが口癖だったそうです。こうして島のスタッフによって和紙っ魚は大切に受け継がれ、今も作り続けられています。

 


海から上がり、内陸へ入ります。

コバルトブルーの海が眩しい「コペペ海岸」。

天井から吊り下げられた美しくカラフルな和紙っ魚の数々。亡くなった御主人・勉さんの情熱の結晶です。

ウロコやヒレ、エラの質感など、和紙の特性を活かして本当にリアル。しかし本物よりもカラフルで、どことなくアニメ風なアレンジも可愛らしく、そのバランスが絶妙です。

 
         
 

ナイトツアー

小笠原諸島は生命が地球に誕生して以来、大陸と繋がった事の無い孤立した島。そのため生物は独自の進化を遂げ、“東洋のガラパゴス”と呼ばれるほど貴重な動植物が多いといいます。中でも有名なのが天然記念物に指定されている「オガサワラオオコウモリ」。世界でも小笠原でしか見られず、しかも100頭ほどしか棲息していないという貴重なコウモリを見るために、ナイトツアーに参加します!

 
暗闇のヤシの木に、オガサワラオオコウモリはよくやって来るといいます。果たして出会えるのか・・・?写真で撮るのは不可能、ぜひ番組でご覧ください!
 
         
 

母島へ

父島から「ははじま丸」に乗ってさらに南へ2時間10分、小笠原諸島で人が暮らすもうひとつの島、母島へ向かいます。人口は約450人、深い森に覆われた母島は、父島より固有の動植物が多い島なんだそうです。

 


父島よりさらに“秘境”ムードの漂う母島。この日の船も揺れました・・・。

 
         
 

島の子供たち

母島で唯一の集落・元地集落を歩いていると、意外にも幼稚園・小学生くらいの子供たちによく出くわすのです。たまたま通りかかった女の子4人組に聞いてみると、母島の小学校は全校生徒41人で、彼女たちは6年生と4年生と3年生。因みに現在、お産は内地の病院へ行ってするそうですが、10年ちょっと前は母島で産む女性もいたそうで、4人組の中の6年生が“私が母島で生まれた最後の子供!”と言っていました。
道の脇には幼稚園があり、ちょうど16時半過ぎだったこの日は園児のお迎えのお父さんお母さんが次々とやって来ます。そんな島の人たちに、母島での生活について聞いてみました。

 


元気な4人組は、裸足にビーチサンダルでした(笑)島には中学校まであるとか。

 
         
 

ネイチャーツアー

さて先述のように、小笠原諸島は“東洋のガラパゴス”と呼ばれるほど、世界的にも珍しい固有の動植物の宝庫。中でもここ母島でしか見られない野鳥が見られるということで、自然ガイド・梅野ひろみさんに連れられて「ネイチャーツアー」へ出発です。
  母島の集落から車で10分ほど山の中へ入れば、もうそこが自然の宝庫。車を降りると早速、梅野さんが「あそこの木のてっぺんに鳥が止まっていますね。あれはオガサワラヒヨドリという固有種です」と教えてくださいました。(まだ山道にも入っていないのに!)
この日の目的は、「ハハジマメグロ」という、世界中で母島列島にしか棲んでいない野鳥を見付けること。果たして出会うことが出来るでしょうか・・・?

 
遊歩道の入口で車を降りると、“ここは都道最南端”の標識が。豊かな自然に囲まれているとついつい忘れてしまいますが、ここは東京都なのです…

まるでジャングル!いかにも亜熱帯の深い森を、撮影隊は進みます。

途中で太平洋が見渡せる高台に出ました!ここは「サンセットシアター」と呼ばれ、真正面に夕陽が沈む場所なのだそうです。

小笠原に残る太平洋戦争の爪跡にも案内してくださいました。旧日本軍が設置したという砲台。小笠原では上陸戦こそなかったものの、少し南方の硫黄島まで米軍が迫り、いつ戦場になってもおかしくない状況でした。
 
         
  出港、お別れ

再び父島の二見港。島へ来てあっという間に4日が過ぎ、「おがさわら丸」が東京へ向けて出港する日がやって来ました。小笠原で有名なのが、島を出る時の島民挙げてのお見送り。桟橋にはナイトツアーの吉井さんや島ハチミツの瀬堀ロッキをはじめ、たくさんの方々が見送りに来て下さいました。そして汽笛とともに出港。島のクルーザーが10隻近く、沖に出るまで併走してくれます。その中には私たちをホエールウォッチングに連れて行って下さった「フリッパーズ号」の姿も!
「また来まーす!!」温かい見送りに、いつまでも手を振り続ける益子さんでした。
 
二見港に見送りに集まってくださった島民の皆さん、ありがとうございました!

 



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