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(c)安野 光雅
 

みどころ


 
         
 

今回の旅は、江戸時代の城下町がそのまま残ることから、“山口県の小京都”と呼ばれる萩、そして荒波の日本海に浮かぶ見島へ。昨年11月以来の登場となる池内万作さんが、どこか懐かしい風景や昔ながらの暮らしを訪ねて歩きます。自ら“活字中毒”とおっしゃっていた万作さん、ロケ中の待ち時間にもよく本を開いて読んでいましたが、萩は何といっても明治維新の志士たちを多数輩出した町、歴史的エピソードには事欠きません。知識欲旺盛な万作さんに、萩の町はどう映るのでしょうか・・・

 


日本海に面し、海運の町でもあった萩。真っ白な砂浜が眩しい菊ヶ浜から、旅はスタートです。

 
         
 

ちりめんジャコ

海沿いの道を歩いていると、大量のセイロの上に白い小魚を干している光景に出くわしました。一目見た万作さん、「これはシラスですね・・・!」相模湾に面した神奈川県湯河原で育ったという万作さん、実は「シラスばっかり食べて育ったんです」というほどのシラス好き。いてもたってもいられず、早速作業中の方に話し掛けてしまいました。日本海で獲れたばかりというシラス、さてそのお味はいかに!?

 


すぐ目の前の海で30分前まで泳いでいたカタクチイワシを獲って来て干しているのだとか。

身が大きくて柔らかそうなシラスです!

 
         
 

鶴江の渡し

日本海に注ぐ松本川と橋本川という2本の川の間に出来た、三角州の中にあるのが萩の町。海を離れて川沿いの道を歩いていると、今度は「鶴江の渡し」と書かれた木の看板に気が付きました。どうやら船付き場のようで、掘建て小屋が一軒建っていますが誰もいません。「渡りたいんですけどね、船がいませんね・・・」とウロウロする万作さん。すると何を合図にしているのか、対岸から木造の小舟が一艘近付いてくるではありませんか。何はともあれ、舟に乗ってみることにしました。

 
近付いてきたのは、相当古そうな手漕ぎの舟!最近滅多に見られません。

 
         
 

中村船具店

鶴江の渡しのすぐ近くの集落を散歩します。ここは浜崎町と呼ばれ、北前船の荷揚げ港や漁業の水揚げ港として栄えた商業の町で、今でも古い商家がたくさん残っています。その中でも一際歴史を感じさせる建物を見付けました。「中村亀吉商店」と書かれた看板が見事な船具店。中に入ってみると、古い船具や漁業の道具が所狭しと並んでおり、聞けば建物は江戸時代に建てられた油問屋だそうで、300年は経っているといいます。今では見られなくなった明治〜昭和初期頃の、レトロな道具の数々を拝見します。

 


一際古めかしい建物を見付けました。看板には「物金具船具漁造製網漁」とありますが・・・?

この吹子は何に使う道具でしょうか!?

 
         
 

土塀と夏みかんの町

冒頭にも触れましたが、萩は明治維新の人傑を多数輩出した歴史的な町。少し町を歩いただけでも、吉田松陰、高杉晋作、木戸孝允らの旧家や所縁の地がそこかしこに見られ、日本史好きの人にはたまらない「屋根のない博物館」です。
そして、城下町を歩いていてもう1つ気付くのが、かつての武家屋敷の土塀や生垣の上にたわわに実った夏みかん。何故、これほど夏みかんが各家々に植えられているのでしょうか?その答えは、次に訪ねる“夏みかん菓子専門店”で聞くことができました。

 


木戸孝允の生家があることで有名な「江戸屋横丁」。萩の町は昭和51年、日本で最初の伝統的建造物群保存地区に認定されました。

土塀と夏みかん、萩を象徴する風景です。

 
         
 

夏みかん丸漬

さて、そんな萩の風物・夏みかんを使い、100年近くに亘って萩の人々に愛されている伝統銘菓があります。それが、「夏みかんの丸漬」。“夏みかん菓子専門店”光國本店は、明治時代からつづく老舗です。
光國本店の初代は4年間の試行錯誤の末に、明治13年夏みかんの皮だけを使った和菓子「萩の薫」を考案。さらに様々な工夫を重ねて大正時代に完成されたのが、「夏みかん丸漬」なのだそうです。その作業工程は100年近くまったく変わらず、お店の裏にある工場で今も一つ一つ手作業で作られています。

 


4代目・光國仁志さんの作業を拝見します。夏みかんの表皮を1つ1つカンナで削り、特注の刃物できれいに中身を刳り貫きます。皮に穴を空けずに刳り貫くのは至難の技。

アク抜きし、糖蜜で煮込んだみかんの皮に白羊羹を流し込みます。この後室の中で2日間乾燥させて完成です。全工程に5日間もかかる手作りの銘菓、そのお味は!?

 
         
 

見島へ

城下町の風情を満喫した後、萩の港から連絡線に乗り、日本海の沖45キロに浮かぶ見島へ向かいます。余談ですが、萩から韓国までが180キロだといいますから、その途上1/4の所にあるのが見島ということになりますね。古くから大陸との交流があった歴史の古い島です。
しかしこの時期の日本海は荒れることが有名で、波高4mなんていう日もザラだそうです。取材で訪れた時は台風2号が接近中という最悪のタイミング。波のうねりに乗った船がドーン!と垂直に落下する瞬間が何度あったことか!船に弱いADの私は船酔いと戦う1時間10分となりました。

 


大揺れの船内で意外にケロッとしていた万作さん。「いやー、文庫本を読もうと思ったけど、さすがにそれは無理でした(笑)」そこまでして読書しますか!?

「船酔いを軽くする方法」などというものが船内に貼ってあるのです!

 
         
  保育園バス

こうして辿り着いた見島は、周囲17キロ、人口1068人、保育園、小学校、中学校が1つずつという小さな島。今年3月に路線バスが廃止されてしまった島の唯一の公共交通機関は、保育園の送迎を兼ねたスクールバス。下船した本村の集落からもう1つの集落・宇津まで、約5キロの道程を保育園生と一緒にドライブです。車窓には棚田や野菜畑の風景が広がり、この島が漁業と共に米や野菜も採れる豊かな島であることを窺わせます。

  保育園バスは1日2便、観光客も利用できるのだそうです。
辿り着いたのは宇津集落。漁港と共に田んぼや畑の広がる、半農半漁の静かな村です。
 
         
  野菜収穫

ここでお世話になるのが、75歳の漁師・三谷虎夫さんと奥さんの菊代さんが営む、民宿「みとら」さん。米も野菜も魚も獲れる見島らしく、「みとら」さんはまさしく“自給自足の宿”。食卓にはご夫婦の営む畑や田んぼで獲れた野菜や米と、虎夫さんが獲って来る魚介が並びます。まずは菊代さんと一緒に畑へ行って、ご夫婦が手塩にかけて育てた野菜の収穫です!

  虎夫さんの運転するトラクターに乗って畑へ。のどかな田んぼの中の一本道を渡ります。
チシャ(レタス)、玉ネギ、ニンニク、キャベツ、エンドウ豆・・・今晩のおかずを一緒に収穫です!これからの季節はキュウリ、トマト、ピーマンも採れるそうです。
 
         
  貝獲り

畑のおかずの次は、海のおかず。菊代さんの友達で、永年海女をされてきた田畑チズ子さんを紹介していただきました。2人で一緒に岩場ヘ行き、貝獲りに挑戦です!と、その前に、見島の人たちが、岩場を歩く時に昔から使っていたという「足中」をつくります。その「足中」がどんな物かは、番組でご覧ください。

 

さてさて、一体どんな貝が獲れるのでしょう・・・?夕食のおかずがかかっています!

番組ではご紹介出来ませんでしたが、虎夫さんが獲ってきたヒラマサを刺身におろすのに万作さんが挑戦しました。普段から料理をされるという万作さんの包丁捌きは、それは見事なものでした!

 
         
  民宿料理

菊代さんと採って来た野菜の数々、田畑さんと一緒に集めた貝の味噌汁、虎夫さんが獲って来たヒラマサやアワビ、サザエ・・・見島のご馳走がズラリと食卓に並びました。寿司に使われている米も見島産、味噌汁の味噌も漬物も自家製、菊代さん曰く「買ったのは醤油だけ(笑)」という最高の贅沢。見島の味をいただきます!

 
ヒラマサの刺身は甘味と歯応えがあって絶品です!そして特筆ものは、アワビのバター焼き。付け合せの玉ネギも、もちろん自家製です。

獲れたての食材の数々と、菊代さんのあたたかい手料理に、万作さんも思わず笑顔です。
 
         
  何だか時間が止まっているかのように、ゆったりとのどかな島の暮らし。たった2日間の滞在とは思えないほど、島の空気に気持ちが溶け込んでしまいます。そんな素敵な時間を過したあとに船で港を出る時は、いつも気持ちがホロリとしてしまうもの。見送りに来て下さった三谷さん、田畑さん、そのお友達の方々に、甲板から手を振りながら旅を終えます。見島のみなさん、ありがとうございました!


 

 
         



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