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(c)安野 光雅
 

みどころ

 
         
 

番組初登場となる「コント山口君と竹田君」の山口弘和さん、実は大の島好きで、行き先も決めずにブラリと出る旅が大好きなのだそうです。ならば“山口さんの喜びそうな島のある町へ行こう!”ということで下高呂ディレクターが選んだのが、玄界灘に面し、佐賀県東松浦半島の突端にある港町・呼子。橋で本土と結ばれている加部島(かべしま)と、定期船で20分の離島・小川島を擁するこの町で、港町と2つの島にも足を伸ばしてしまおうという贅沢な旅なのであります。
そして何といっても呼子の良いところは、暮らしている方々の九州らしく懐の大きいおおらかさ。漁師のおじちゃんも、朝市のおばちゃんも、ゆったりとして飾り気がなく(カメラで撮影されているという意識がまるで感じられず実に自然体なのです)、ドーンと構えて“寄っていかんかねー”と、誰でも迎え入れてくれるのです。さてさて、今回はどんな出会いがありますか・・・?

 


旅の拠点となる港町・呼子です。

 
         
 

海士(あま)小屋

旅のスタートは、呼子大橋で本土と繋がっている加部島から。夕方5時頃、西日が射し込む港を歩いていると、トタン小屋の前にワイワイと漁師さんたちが集まっているのに出くわしました。「あのー、ここは何する所なんですか?」と声を掛けると、「アマ、アマ!」と潜るジェスチャー。どうやら素潜り漁の海士(あま)さんたちが、1日の仕事を終えて集まっているようなのです。「ほら、これ食え!箸はいらんさ、手で食え!」とサザエの刺身を突き出され、何だか訳も分からず受取る山口さん、何しろ言葉が6割くらいしかわからないのです(笑)まるで異国に放り込まれたかのように、一気に旅の世界へ引っ張り込まれます。

 


獲れたばかりのサザエやイカをさばく海士さんたち。豪快な“男の料理”に、山口さんもタジタジ!

 
         
 

呼子朝市

今回の旅の拠点、呼子には “日本三大朝市”のひとつに数えられるという、名物の朝市があります。ここの楽しみは、何と言っても元気な地元のお母さんたちとのおしゃべり。ちょっと歩いているだけで左右あちこちから声がかかります。海の物も山の物も並ぶ豊かな朝市で、呼子のおおらかなお母さんたちとのやりとりを楽しみます。

 
地元の人で賑わう朝市通り。江戸時代に捕鯨による鯨肉や鮮魚と、近郊農家の作る農産物の物々交換をしたのが始まりという歴史の深い市です。

立ち寄った干物屋さんと。「女は愛嬌です!佐賀の女は強かです。そうでなかったら、商売しとらんとですよ!」

 
         
 

ポストのある家

朝市通りをさらに進んで呼子の路地を歩いていると、ちょっと懐かしい風景に出くわしました。サッシではなく木枠のガラス戸の家の前に、昔ながらの円柱形ポスト。どうやら現役のようです。そのお宅の方に、なぜこんな古いポストが置いてあるのか、ちょっと聞いてみました。

 


ポストを守り続ける田川嘉津子さん、通称“かずちゃん”に、お話を伺います。

 
         
 

イカの町・呼子

さて遅ればせながら、呼子の町を全国的に有名にしている名物といえば、何と言っても、イカ!“イカと云えば呼子”とまで言われているのです。玄界灘では1年中いろいろな種類のイカが獲れるというのが最大の強みなのだそうですが、今はちょうどケンサキイカが旬。町を歩くとあちらこちらで、イカを干している風景に出会います。

 


この時期の呼子の風物誌、イカ干しの風景。

 
         
 

イカ漁出港

呼子の漁港を歩いても、停泊しているのはみな漁火を積んだイカ釣船。夕方になると、次々に出港していきます。深夜3時、4時頃まで漁を行い、帰港するのは明け方。
ちょうど港を歩いていたら、これからまさに出港しようとしているイカ釣船の漁師 前川さんと、見送りに来ていた奥さんに出会いました。最近のニュースで話題になっている、燃料費高騰による漁への影響は、ここ呼子も例外では無いようです。更に、「今年は例年にない不漁で厳しい・・・」とはいえ、その出漁風景には漁師町らしい、ほのぼのとした暮らしを垣間見ることができました。

 


出港してゆくご主人の船をお孫さんと一緒に見送る寿さん。

 
         
 

イカ活造り・河太郎

今や「イカの町」としてすっかり有名な呼子ですが、実はイカで有名になったのはそんなに古い話ではないのだそうです。キッカケになったのが、「イカの活造り」です。昔は下魚で一品料理として刺身の部類に入っていなかったというイカ。ところが、昭和48年に一軒の店が大博打を打って始めたのが「イカの活造り」だったのです。その圧倒的な美味しさが口コミで広がり、全国的に知られるまでになったといいます。日本で最初に「イカの活造り」を専門に始めた「河太郎」を訪ねます。

 


呼子河太郎の創始者・池田末夫さん自ら、生簀のイカを揚げて下さいました。この後板前さんの手でものの1分とかからずにおろされ、お客さんが座敷に着くより早く刺身になってしまいます。

 
         
  呼子のイカを全国へ

この呼子の生きたイカの美味しさを、そのまま全国に届けることが出来ないだろうか・・・そんな面白い試みに4年前から挑戦している元漁師さんがいると聞き、訪ねてみます。イカはストレスに大変弱く、海水から揚げた瞬間に透明だった色が真っ赤に変わってしまうほどデリケートな生き物。そのままの状態にしておくとすぐに死んでしまい、美味しさも失われてしまいます。ではいかにして、このイカを全国に届けるのか・・・?

 
生簀の中で泳ぐイカ。この水槽にも、実は色々な試行錯誤があったといいます。
 
         
  小川島へ

呼子港から定期連絡船に乗って20分。呼子町の離島・小川島へ向かいます。小川島は周囲約4キロ、460人ほどが暮らす小さな漁師町。ここでも漁の中心は“イカ”。実は呼子は江戸時代から昭和30年代まで捕鯨で栄えた町で、古くからイカ漁で栄えていたのは、むしろこの小川島だったのだそうです。

 
荒波の玄界灘を渡ります。たった20分とはいえ結構揺れて、波を被ります。

イカの島らしく、港はここでもイカ釣船でいっぱい。
 
         
  隠居船

港を歩いていると、大型のイカ釣船の間に、小型の漁船が混じっているのをちらほら見かけます。そのうちの一隻に、漁師さんがいるのを見付け、ちょっと話を聞いてみました。この島では、大型のイカ釣り船を引退した後、漁師さんはそれぞれ自分の船を持つのだそうです。隠居さんの作る船だから“隠居船”。ちょうど前日、その隠居船でベラを釣って来たばかりという渡辺さん、“家に寄って食べて行かんですか”というお誘いに、甘えさせていただきます!

 
「やっぱり、漁が好きだけぇね」という渡辺さん。商売ではなく、家族や親戚の夕食のおかずに魚を獲って来るだけでも楽しい、そんな渡辺さんに“根っからの漁師”を感じます。
 
         
  島の料理

渡辺さんのお宅にお邪魔すると、奥さんの昭子さんと、お嫁さんの早知子さんが、早速ベラを刺身にして下さいました。島ではベラを豪快に骨ごとおろしてしまうのだそうで、包丁から“ゴリ、ゴリ”という音が聞こえてきます。その他にも島で獲れた魚や野菜を使った料理がズラリと並びました。
早知子さん曰く、「小川島では冷蔵庫の中を見て“今日は何作ろうかな”ではなくて、“今日はお父さんが魚を獲って来たから煮付けにしよう”とか、その日何が手に入ったかで献立を決めますもん。だからウチの冷蔵庫はいつも空っぽ(笑)」
島ならではの自給自足生活。食料自給率の低下や食材費の高騰が叫ばれている中、本当に強いのはこういう昔ながらの生活を守っている方々なのかもしれませんね。

 
ベラは刺身と塩焼に。島で採れた天草を使ったトコロテンと、ヒジキの煮付け、イカとワカメのなます。味噌も自家製。財布を出して買ったものが1つもありません。

こちらは小川島にしかないという郷土料理ですが、果たして何でしょう?

島でとれた材料ばかりを使った美味しい手料理を食べながら、渡辺さん一家と話がはずみます。
 
         
  男は海に出て生活の糧を得、女はその手綱をしっかり握って家を守る。そんな、古き良き日本の家族の在り方を感じさせてくれる、佐賀県は呼子の旅を、皆さんもお楽しみください。


 
遠ざかる小川島。呼子のみなさん、ありがとうございました!
 
         



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