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(c)安野 光雅
 

みどころ

 
         
 

11月に入ってからグッと冷え込みが増し、すっかり秋らしい陽気になってきました。今回の旅は、紅葉に彩られる山里、群馬県と新潟県に県境を接する福島県の檜枝岐(ひのえまた)村です。平家の落人伝説でも知られる山深いこの集落には、山村ならではの暮らしの知恵がたくさん残っています。今回はおなじみの丹波義隆さんが、檜枝岐から尾瀬沼への旅です。


 

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黄金色に輝く尾瀬の湿原で。

 
         
 

檜枝岐村へ

さて旅の始まりは、野岩鉄道・会津高原尾瀬口駅。鬼怒川温泉から100キロほど山奥へ入った所ですが、ここから檜枝岐村へはさらに路線バスに乗っておよそ90分。公共交通機関はこれしかありません。余談ですがこの路線バス、一応停留所はあるのですが、好きな所でブザーを押せば下ろしてもらえ、道端で手を上げていれば乗せてもらえる、乗降自由バス。停留所と停留所の間が離れている山間地ならではの工夫です。そしてようやく辿り着いた檜枝岐村は、谷筋を流れる檜枝岐川の周囲に民家が寄り集まる小さな集落。まずは郷土史の研究をされている星 長一さんに、村内を案内していただきます。

 

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戸数およそ200、人口約700という小さな集落です。

 
         
 

橋場のばんば

連れて行ってくださったのは檜枝岐川からちょっと路地を入った所で、狭い道端に祠が建っています。その中に鎮座しているのが、村の守り神と言われる「橋場のばんば」。「ばんば」とはこの土地の方言で「おばあさん」のことで、「橋場」というのは橋の側という意味。気になるのは、その前に大量の鋏が積まれていること。果たしてその意味は…?

 

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針金でグルグル巻き、南京錠の掛かった鋏まであります!

 
         
 

黒檜(くろび)曲輪

“檜枝岐”という地名の由来になっているのが、山に豊かに生い茂っていたという檜。ここは平地が少なく周囲を山林に囲まれていたため、古くから林業が最も大きな産業でした。寒冷な気候と少ない日照時間のため米が実らず、冬には木製品を作り、それを売って得た現金収入で、米をはじめとする生活必需品を購入していたそうです。作られていたのはかんじき、杓子(しゃくし)、はんぞう(こね鉢)などの日常生活品ですが、中でも檜枝岐特有の黒檜(くろび)という良質の檜で作る曲輪製品は貴重な収入源だったと言います。今や村でただ1人となってしまった星 寛(ゆたか)さん(81歳)の貴重なお仕事を拝見します。

 

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“俺も弟子が出来るまで頑張らねえと!”とまだまだお元気な星寛さんです。因みにこの村の人は殆どが星さん、平野さん、橘さんで、いずれも平家の落人伝説と関連があるとか。
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木目が美しい黒檜の曲輪です。

 
         
 

檜枝岐歌舞伎の稽古

山深い檜枝岐村では江戸時代、自給自足の生活で、ほとんど外部からの人の出入りもなかったのでしょう。そんな村の唯一の娯楽が、年に2回、5月と8月に盛大に催されたという「檜枝岐歌舞伎」でした(現在は9月も加わって年3回上演)。江戸時代、この村にはお伊勢参りの習慣があったそうですが、その途中で上方や江戸の歌舞伎を見た村人が感動し、“あんな物が村にあったらどんなに素晴らしいだろう”と、記憶を頼りに見よう見真似で始めたものだったと言います。しかし現在も続くこの歌舞伎、プロの役者ではない村人が演じているのに、その仕上がりはなかなか見事。この檜枝岐歌舞伎は地元の中学校の文化祭でも演じられており、今はその稽古も佳境に入っています。指導するのは実際の檜枝岐歌舞伎の舞台に立っている「千葉之家 花駒座」の皆さん。同じ役者として、丹波さんも興味津々です。

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中学生たちの役者ぶりと、それ以上に熱心な大人たちの指導も見ものです。
 
         
 

山人(やもうど)料理

山で手に入る食材を使って工夫して食べたのが、山人(やもうど)料理です。この山人料理を頂くことが出来るのが、“やなぎ屋”さん。囲炉裏には岩魚の塩焼、山椒魚の串焼が刺してあるほか、食卓には山菜やキノコを使った料理、熊肉の煮込みなど山の幸が並びます。中でも米が獲れなかった檜枝岐では、そば粉を使った料理が数多くあるそうです。「ばんでい餅」「はっとう」など、その言葉の響きも独特な山の料理の数々。これも山里に暮す人々の知恵なんですね。

 

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たくさんの山の幸に囲まれて、いただきます!

 
         
 

裁ちそば

ところで檜枝岐村を歩いていると、あちらこちらで「裁ちそば」と書かれた看板やのぼりを目にします。檜枝岐では「そば」と言ったら全部「裁ちそば」のことなんだそうですが、一体どんなそばなのでしょうか…?

 

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今はちょうど新そばの季節。そばの実干しの作業にも出会いました。

 
         
 

尾瀬沼へ

さて、ここまで来たら、もう少し足を伸ばして尾瀬まで行ってみたいもの。ちょうど撮影の頃は尾瀬が秋の終わりに差し掛かった頃でした。福島県、群馬県、新潟県にまたがる尾瀬ですが、檜枝岐は福島側から入る場合の拠点でもあるのです。朝6時、村外れの御池のバス停からシャトルバスに乗って30分。山道の両側はどんどん紅く色付いて、晩秋の山の世界へと入っていきます。

 

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山道の途中で、朝靄の中にブナの原生林が広がっていました。“おお!”と乗客から歓声が上がります。

 
         
 

大江湿原と尾瀬沼

シャトルバスを降り、檜枝岐観光協会の阿久津さんにガイドに付いていただいて、尾瀬沼へ。途中で珍しい高山植物などを教えていただきながら、歩くことおよそ1時間。森の中を進んでいた登山道が急に開け、目の前に黄金色に輝く草原が広がります。ミズバショウやニッコウキスゲで有名な大江湿原ですが、秋の枯れた色も朝日が当たると本当に美しい!そして湿原を抜けると見えてくるのが尾瀬沼。その絶景はぜひ映像でご覧になってみてください。

 

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本当に絵画の中へ入ってしまったのではないかと思われるような幻想的な世界。

 
         
 

尾瀬沼ヒュッテ

尾瀬沼の湖畔に建っているのが、檜枝岐村営の「尾瀬沼ヒュッテ」。5月の連休前にオープンし、10月後半で閉めるという山小屋ですが、ちょうど冬支度を始めているところでした。真冬には1階部分がすっぽり埋まってしまうほど雪が積もるそうですが、窓の外側に雪囲いを取り付けていたヒュッテの職員の方に、尾瀬沼での生活について伺ってみました。

 

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丹波さんも山小屋の冬支度をお手伝いです。

 
         
 

檜枝岐の曲輪製品、そば粉を利用した山人料理、裁ちそば…寒くて米や野菜が満足に獲れない厳しい村で、どれも先人たちが知恵を絞って編み出してきた生活技術の数々です。そんな小さな村だから閉鎖的なイメージを持ってしまいそうですが、暮らしている方々は皆さん実におおらか。ドーンと構えて肝の据わったようなところがありました。小さなことにクヨクヨしていては山の暮らしは生き抜いていけないのかもしれませんが、厳しさの中にある暖かさみたいなものを、垣間見た気がします。

 

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