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(c)安野 光雅
 

みどころ

 
         
 

今回の「遠くへ行きたい」は、フォーク歌手 高石ともやのルーツ探しの旅。父親の故郷・岩手県川井村を目指して、父親がみたもの・聞いたもの・味わったものなどを巡るという旅。実は高石さんの本名は「尻石友也」と言い、その「尻石」と名が付く集落が、川井村の中にあるというのです。手元に残った一枚の父親の写真を胸に、遠野市から旅の始まりです。フォークソングを通して自分の生き方を見つめて来た高石さんが、自分のルーツとも言える父親の故郷を訪ねます。

 

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遠野市 福泉寺

高石ともやさんが旅の初めに訪ねたのは、名づけ親でもある叔父さんがご住職を務めていたお寺 福泉寺。現在、住職を務めている従兄弟の尻石正全(しょうぜん)住職に、境内を案内してもらいます。6万坪もある敷地には、岩手県唯一の五重塔や、叔父の尻石宥然(ゆうねん)住職が一人で彫った、木造の立像では日本最大と言われる観音像にお目にかかります。

 

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川井村 岩豆腐

遠野から、父親の故郷 尻石集落のある川井村に入ります。
途中、父親も大好きだったという 伝統の岩豆腐を作っているという山口チエさん宅にお邪魔します。昔は各家庭で作られた岩豆腐を、今でも作り続けているのは、村でも山口さんを含め数人だけしかいないのだとか。幼少の頃、父親と食べた豆腐を思い出しながら、山口さんの豆腐作りを拝見します。

 

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尻石集落

尻石集落に到着です。
尻石本家の尻石誠さんに「尻石」のルーツとなったある場所へ連れて行ってもらいます。
名前のルーツともなったその場所は、鬱蒼とした茂みの中にありました、、、。

 


 
         
 

江繋小学校

父親が昔歌っていた曲が、今でも小学校で歌われていると聞いて江繋小学校へ向かいます。
「江繋小学校 賛歌」というその曲は、女 石川啄木と言われた西塔幸子が江繋小学校で教壇に立っていた際に、作詞した曲でした。早池峰山の麓に位置する、ここ川井村江繋での日々を詩に残した西塔幸子が、子供たちの為に作った歌に、高石ともやさんのお父さんは何を感じていたのでしょうか。子供たちの歌声に、父親の幼少時代を想います。

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タイマグラ

高石さんの記憶の川井村は、山深い寂しい場所でした。そんなイメージだった川井村のタイマグラという集落に、都会から若者が移り住んでいる事を知りました。タイマグラとはアイヌ民族の言葉で「森の奥へと続く道」という意味があると言います。早地峰山の麓にあるタイマグラは戦後、開拓団が居を構えたという土地。一時は一軒だけの集落となった時期もありました。そんな集落に何故、移り住むようになったのでしょう?

     
         
 

桶正

タイマグラでまず訪ねたのは、桶屋さん。タイマグラで桶職人の仕事に出会い、一生の仕事として桶職人になる事を決意した奥畑正宏さん。弟子入りし、数年間の修行の末自立し、この地で桶屋を営むようになりました。糊を使わず、竹釘だけで桶作りを続ける数少ない桶職人だそうです。この世界に身を投じたキッカケや、桶作りへのこだわりなどを伺います。

 

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民宿フィールド・ノート

タイマグラに初めて移り住んだのが、桶屋さんのお兄さん 奥畑充幸さんです。充幸さんは現在タイマグラで民宿を営んでいます。この宿に泊まれば、タイマグラで暮らす一家族の暮らしを垣間みる事ができるとか。薪ストーブで体を温めていると、帰ってきたのが3人の子供達。奥さんの山代陽子さんが夕飯の支度をする傍らでは、子供達は宿題です。また懐かしい木桶のお風呂に入ったり、ストーブを囲んで世間話をしたり、山の郷土料理を御馳走になりながら、どこか懐かしい家族団欒の一時にお邪魔させて頂きます。

最後は民宿フィールド・ノートで高石さんのミニコンサート。
ふと立ち止まって自分自身を見つめ直す時、父親、母親、もしくは祖父母を思い出して、彼等の過ごした時間を想ってみる・・・。
人生という大きな「旅」の中で、時に何かを振り返ってみるのも良いかもしれませんね・・・そんな高石さんの旅、どうぞお楽しみに。

 

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