番組からのお知らせ
番組データ集
ご意見・ご感想
(c)安野 光雅
 

みどころ

 
         
 

3月の放送2000回記念でお送りした五能線と御殿場線の旅、いかがでしたか?ローカル線の沿線にはまだまだ日本の風土の良さが残されていて、日本人が大切にして来た知恵や伝統を改めて見直すという「遠くへ行きたい」のテーマが凝縮されていると思います。今回はそのローカル線巡りの旅・第2弾。北海道の留萌本線に乗り、かつてニシン漁に沸いた港町・留萌(るもい)市と増毛(ましけ)町を巡ります。ロケが行われた4月上旬、この地方はまだまだ雪が残る冬景色でした。日本海からの寒風吹きつける小さな港町ですが、通り一本奥へ入れば、伝統のニシンの味を残そうと奮闘する方々がたくさんいらっしゃいます。そんな北の港町の熱気あふれる人々を、森末慎二さんが訪ねます。

 

写真
留萌本線の車窓から日本海を眺める森末さん

 
         
 

留萌本線

明治43年に石狩平野の北にある深川〜日本海の港町・留萌まで開通した留萌本線。さらにその先、日本海沿岸を走る留萌〜増毛間が開通したのは11年後の大正10年でした。留萌〜増毛間の開通が遅れたのは、日本海沿岸に鉄道を通すと音に敏感なニシンが寄り付かなくなるとニシン漁師たちが大反対したからだそうで、ニシンで全てが回っていたこの土地らしいエピソードです。

 

写真
創業当初の主な目的は大量のニシンと海産物、肥料となるニシン粕、木材、そして林業・漁業に携わる人々の輸送だったという留萌本線。

 
         
 

増毛の町

真っ青な日本海を眺めながら、やって来たのは留萌本線の終着駅・増毛。駅前通りには古めかしい木造3階建ての元旅館や、高倉健さん主演の映画「駅・STATION」のロケ地となった「風待食堂」(現在は観光案内所)、国指定重要文化財となっているかつての呉服商「旧商家 丸一本間家」など、明治から昭和にかけての古い建物が並び、ノスタルジックな雰囲気を醸し出しています。

 

写真
国指定重要文化財の「旧商家 丸一本間家」。実は本間家は本業の呉服商のほかにニシン漁業の網元でもあった事業家で、後で登場する造り酒屋「國稀酒造」の本間さんの実家でもあります…

 
         
  数の子

増毛・留萌は松前藩統治時代の江戸時代から昭和20年代まで、ニシン景気で栄えた港町でした。そのままでも美味な上に、身欠きニシンや数の子の原料になるほか、ニシン粕は肥料としても利用されたので、捨てる所がなく大変重宝されたのです。昭和30年を最後にニシンは獲れなくなってしまったそうですが、ニシンの卵である「数の子」の加工技術と伝統は残り、実はこの地区の数の子生産量は日本一なんだそうです。現在はカナダ・アラスカ産の輸入ニシンが主、というところが現代的ですが、まずは増毛の伝統の味、数の子の加工場へお邪魔します。

 

写真
大量のニシンをざくざくスコップですくって運ぶ作業風景は迫力があります!
写真
ニシンから取り出したばかりの数の子はこんな色なんですね。この後何度も丹念に水洗いされます。

 
         
 

ニシン稚魚栽培

かつて「春を呼ぶ魚」と言われたニシン。この地方では春告魚の別名もあり、産卵のためにニシンの大群が押し寄せてくると海が真っ白になり、土地の漁師たちはそれを「海が群来(くき)る」と言ったそうです。先述の通り、ニシンは昭和30年以降獲れなくなって久しいのですが、この留萌・増毛地区伝統の魚を取り戻そうという北海道主導のプロジェクトが、実は14年前から行われているのだそうです。それはニシンの卵(つまり数の子ですね)を孵化させて育て、ある程度の大きさになったら日本海に放流してやるという地道な作業。羽幌(はぼろ)町の北海道栽培漁業羽幌センターを訪ねます。

  写真
増毛町から日本海沿いを北上すること50キロ。寒風吹き付ける道と電線だけがひたすら続く国道232号を羽幌町へ向かいます。

写真
6つの水槽にニシンの稚魚がなんと300万尾!現在は体長3.5センチと、写真では撮れない大きさです。ぜひ番組でご覧ください。
 
         
 

國稀酒造

旅のルートは再び増毛町へ戻ります。かつてニシン漁で実際に使われた漁船が、増毛町の造り酒屋にほとんど新品の状態で保存されているという話を聞き、それは是非見てみたいと訪ねてみることにしました。実はこの「國稀酒造」さん、日本最北の造り酒屋なのだそうですが、なぜ造り酒屋にニシン漁船が?そこにはこの町ならではの理由があったのです…

  写真
創業は明治15年、店の佇まいも千本格子が並ぶ昔ながらの商家造りです。実は冒頭に登場したかつての呉服商「旧商家 丸一本間家」と同じ本間家の経営です。呉服商と造り酒屋とニシン漁船にどんな関連があるのでしょう…?

写真
昭和20年代の終わりに造られたというニシン漁船。実際に海に浮かんだのは1〜2回なので彫刻も色鮮やかで、大変貴重なものです。
 
         
 

やん衆にしん漬

再び留萌本線に乗り、留萌へやって来ました。この町にニシンを使った漬物を作っている八百屋さんがあると聞きました。それは「やん衆にしん漬」。ザク切りにした大根とキャベツ、身欠きニシンの切身を麹と一緒に漬け込む、この地方で昔から作られていた伝統食です。しかしなぜ八百屋さんでニシンの漬物なのか?実はかつて道路事情が悪かった頃、野菜は札幌から週一回しか仕入れることが出来ず、大量に仕入れてしまうため余剰野菜がよく出たのだそうです。その野菜を捨ててしまうのが勿体ない、と思った店の先代が漬物作りを始めたのだそうですが、この土地では各家庭で必ず作っていた「お母さんの味」を残したいと、八百屋さんでありながらにしん漬を作ることになったそうです。田中青果の田中美智子さんを訪ねます。

  写真
「この味を食べると、漬け込んでいるおばあちゃんの後ろ姿が目に浮かぶんです」と田中さん美智子さん。
写真
しかし「やん衆」とはどういう意味なのでしょうか…?
 
         
 

前浜のニシン料理

さてニシン稚魚放流の効果が現われているのかどうか定かではありませんが、10年程前は100t程度だったニシンの漁獲量が昨年は2000tの大台にのったそうで、少しずつ上向いているといいます。かつてほどではありませんが、そうして手に入るようになった貴重な地元産のニシンは、“すぐ前の海で獲れたニシン”という意味で「前浜のニシン」と呼ばれ、大変重宝されています。前浜のニシンにこだわっている寿司職人さんが留萌にいると聞き、「丸喜寿司」を訪ねます。

  写真
伝家の宝刀!こだわりの数の子を取り出す伊藤さん。“冷凍数の子と食べ比べたら、歯応えも風味も全く違う”というから楽しみです。
 
         
 

甘エビ

ここまで徹底的にニシンにこだわって来ましたが、この時期の日本海の旬といえば、実はなんと言っても甘エビ。この辺りの甘エビ漁の特徴は、漁船に特殊な水槽を作って生きたまま港へ連れ帰り、水揚げすること。甘エビは水深300〜400m位の所に生息しているそうですが、水温や水中の酸素濃度などその生態は意外に謎が多く、しかも甘エビ漁は漁場へ行くのに8時間、操業に8時間、戻るのに8時間もかかるので、甘エビを24時間生かしておくためには相当な研究が必要だったのだそうです。その方法を二十数年前に試行錯誤の末作り出した張本人、吉田純一さんを訪ねます。

  写真
留萌・増毛の港には、エビ籠と呼ばれる甘エビ漁の道具を積んだ漁船が大量に並んでいます。
写真
刺身はもちろん、珍しい甘エビの沖漬、塩焼き、湯気の立つ甘エビの味噌汁など、活き締め甘エビのフルコースを頂き、森末さんも満面の笑み!
 
         
 

もうすぐニシンの稚魚も放流され、遅めの春を迎える日本海。もうすぐそこまで来ている春を待つ、北海道の旅をお楽しみください。

  写真
 
         
         




Copyright(c)TVMANUNION,Inc.,YTV
Allrightsreserved.