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(c)安野 光雅
 

みどころ

 
         
 

今回の旅人は、「遠くへ行きたい」初登場となる元マラソンランナー・有森裕子さん。バルセロナ五輪(92年)で銀メダル、アトランタ五輪(96年)で銅メダルを獲得した有森さん。2007年に競技生活を引退後、NPO法人「スペシャルオリンピックス日本」(知的障害者のための国際的なスポーツ組織)の理事長を務めたり、カンボジアの地雷で被害を受けた子供達を支援するNPOを設立。障害者や子供たちにスポーツの素晴らしさ、そこから希望を持ってがんばっていくことを伝えたいと、文字通り走り回っているそうです。
そんな有森さん、講演を頼まれることもよくあり、全国の主だった都市はほとんど回ったといいます。しかし講演では常に自分が話すだけで会話は一方通行、なかなか土地の人々と交流する機会がありません。そこで、今回は素朴な人とのふれあいと、昔ながらの“にっぽんの暮らし”を求めて有森さんが旅に出ます。目指すのは静岡県北部、南アルプス山麓の秘境といわれる井川。大井川の上流に位置するこの地方は、「奥大井」とも呼ばれています。果たしてどんな出会いがありますか…?

 

写真大井川沿いには、昔ながらの暮らしを営む山里がたくさんあるそうです。

 
         
 

大井川鐵道

井川を目指すには、JR東海道線の金谷(静岡県島田市)で大井川鐵道に乗り換え、東海道五十三次で「越すに越されぬ…」と謳われた大井川を遡ります。実はこの大井川鐵道、今も現役のSL列車が走ることで全国的に有名な路線。昭和51年から全国に先駆けてSLの動態保存運転を開始し、現在は毎日運行されているのです。新金谷駅から終点・千頭(せんず)を目指す1時間20分の列車旅、早くもノスタルジックな昭和の世界へ誘われます。

 

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実際に蒸気機関車を前にすると、まるで呼吸して生きているような大迫力!“ポーッ”というあの汽笛、実際に聞くと、なぜか温かさと儚さが混ざったような不思議な気持ちになります。
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現在の電車と比べると、かなりゆったりしたスピードで走るSL列車。車窓から入る風が実に心地よいのです。

 
         
 

尾呂久保集落・川根茶

雄大な大井川の流れと共に山の中へ入って行くと、目に付くのが、到る所に作られている茶畑。静岡といえばお茶が有名なのはご存知と思いますが、実はこの大井川沿いは、江戸時代に徳川家に献上されていたという「川根茶」の産地として古くから知られてきた土地なのです。というわけで、大井川鐵道の真ん中辺りに位置する田野口駅で途中下車。川根茶づくりの集落、尾呂久保(おろくぼ)へ向かいます。ここに、日本一(農林水産大臣賞)を2回も受賞したと言うお茶作りの名人がいらっしゃるというのです…

 

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田野口駅からさらに車で30分ほど入った所にある尾呂久保集落。標高650メートル、世帯数7戸という厳しい限界集落ですが、ここで極上の川根茶が作られているというのです…
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土屋哲郎さんは農林水産大臣賞も受賞したお茶づくりの名人。その茶葉は、なんと1キロ27万円という高値がついたといいます。果たしてそのお味は!?

 
         
  徳山ドレスメーカー女学院

田野口駅の隣にあるのが、昔ながらの木造駅舎がそのまま使われている駿河徳山駅。駅前の小さな商店街も、何だか昭和の風景そのままです。そんな中で、これまたレトロな木造洋館風の建物を発見。表には古びて黒くなった木の看板に消えかかった文字で「徳山ドレスメーカー女学院」。山の中の小さな町に「女学院」、これは気になります!早速中へ入ってみると…

 

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なんだか気になる建物です…写真

 
         
 

雑穀農家

傾斜地が多く寒冷なため、米作りが困難だったという大井川の上流地域。そのため、この辺りでは昔から焼畑をして、ヒエ、アワ、キビなどの雑穀を生産するのが盛んで、戦後の食糧難も雑穀で生き延びたのだそうです。昭和30年代以降、焼畑は行われなくなりましたが、道路事情が良くなって米が容易に手に入るようになっても雑穀生産は続けられており、井川の商店では普通に雑穀が販売されています。かつて貧しい食事の代名詞のようだった雑穀。最近は十六穀米などが健康ブームにのって取り沙汰されていますね。でも井川の人々にとっては、ずっと昔から食べられてきた、ごく身近な食べ物なんです。西山集落の雑穀農家、遠藤弘子さんを訪ねます。

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訪ねてみたら、遠藤さんのお仲間も大勢集まっていました!有森さんもエプロンを借りて、皆でワイワイと雑穀料理を作ります。
 
         
 

奥大井の秘境・井川へ

大井川の一番奥の町・井川へやって来ました。昭和32年完成の「井川五郎ダム」によって造られた井川湖。その湖畔にひっそりと佇む、人口およそ600人の静かな町です。

 

 

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かつては林業やダム建設で大いに賑わい、昭和30年代には6千人近い人々が暮らしていたという井川。当時から時が止まったかのような風情を残しています。

 
         
  ふれあい通り

さて井川では、冷めてもご飯が美味しく食べられる「井川メンパ」という名物のお弁当箱があるんだそうです。檜を使って1個1個手作りされ、かつて山仕事の必需品だったというお弁当箱。「どうしてもほしい!」という有森さん、井川メンパのお店に向かいます。その途中で通りかかったのが、「ふれあい通り」。昭和の匂いが色濃く残る商店街で、何だかおもしろそう…

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魚屋さんの前を通りかかったら、ちょうど揚げたての美味しそうなコロッケを持った御主人が…
 
         
  井川メンパ

商店街を抜けてしばらく歩くと、やがて見えて来る「井川メンパ」という木の看板。ようやく目的の井川メンパの工房に到着です。普通メンパといえば杉の木で作られますが、こちらは檜で作られ、しかも柿渋と漆で何重にも塗って仕上げられる点が特徴なのだそうです。そんな井川メンパ、今や作れる人は2人だけ。井川ではただ1人の職人が、5代目の海野(うんの)周一さん(63歳)。全国から注文があり、なんとおよそ半年待ちの人気なんだそうです。

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完成までに3ヶ月くらいかかるため、注文された分以外、本当に在庫がないという井川メンパ。こだわりにこだわって作られています。写真
黒光りするメンパは見た目にも重厚ですが、柿渋と漆には断熱と殺菌の効果があり、冬はご飯が冷めにくく、夏は腐りにくいのだそうです。
 
古き良き“にっぽんの暮らし”が残る奥大井。昔ながらの食べ物や道具はもちろんですが、素朴で温かな人たちとの出会いもお楽しみに。

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