番組からのお知らせ
番組データ集
(準備中)
ご意見・ご感想
(c)安野 光雅
 

みどころ

今回の旅先は愛知県の東部、豊橋市と豊川市。古くから東海道の宿場町、要衝として栄えてきた街です。豊橋の駅前はホテルや商業ビルが立ち並び、新幹線も通りますが、その隙間や裏道の旧東海道をちょっと覗いてみれば、昔ながらの商売や手仕事がありました。そこにはかつての懐かしさや良き時代の家族の形が残っています。
そんな東三河の、ちょっと古めかしい豊橋と豊川にワハハ本舗の佐藤正宏さんが出会います。
 
         
 

路面電車で朝市へ

愛知県で唯一、路面電車が走る街である豊橋。昔ながらの路面電車に揺られて、地元の人が通う朝市を訪ねます。豊橋ではいたるところで朝市が開かれており、一五の市(1と5の日)、二七の市(2と7の日)、三八の市(3と8の日)、四九の市(4と9の日)、六十の市(6と10の日)とほぼ毎日、市内のどこかで開かれています。スーパーでの買い物とはひと味違う、笑顔あふれる朝市です。

 

写真
晴天の青空が広がる朝市です

 
         
 

牛川の渡し

三河湾に注ぐ豊川(とよがわ)の河口から8キロほどの所に、平安時代から続くという渡し船があります。面白いのが、その長さ。石を投げると届きそうな距離なんです。1日の利用者は平日なら10人ほど。通学する高校生がほとんどです。地元の高校生と一緒に、所要時間わずか2分の船旅です。

 

写真
ゴールは目と鼻の先

 
         
 

「手作り乳母車」の職人

旧東海道・二川(ふたかわ)宿の街道沿いに大きな「うば車」の看板。覗いて見ると、そこには昔ながらの乳母車がずらりと並んでいます。店の奥で作っているのは、今年83歳になる高柳昭市さん恵美子さんご夫婦。
創業は昭和25年、当時は子供を乗せる目的よりも荷車としての需要が大きく、主婦が配給や買い出しに使ったといいます。材料はインドネシア原産の植物である籐(とう)。全体の形を太い籐で昭市さんが作り、縁の部分に細く裂いた籐を巻いて仕上げるのが恵美子さんの仕事。計算すると2人でこれまで2万台以上の乳母車を作ったというから驚きです。

 

写真
佐藤正弘さん(左)と高柳昭市さん(中央)と恵美子さん(右)

 
         
  立ち飲み屋

ビルが立ち並ぶ豊橋の駅前に、パチンコ屋と駐車場に挟まれた飲み屋「立ち呑あさひ」は昭和の初めから続く酒屋さんで、第二次世界大戦で丸焼けになり、戦後再建。昭和23年から、お店の半分を立ち飲みの居酒屋にして営業しています。
店内はカウンター席に10人、小さなテーブルを囲んで10人でいっぱいの小さなお店。取り仕切るのは2代目女将の斉藤久代さん。常連のお客さんの中には、親子3代で来ているという人も。
 電車の待ち時間には、「立ち呑あさひ」でちょっと一杯!

 

写真
立呑あさひのみなさんと記念写真!

 
         
  農具の“柄”だけ作る職人

昭和の初めに創業した寺田農具製作所は鋤(すき)や鍬(くわ)などの柄だけを作る製材屋さん。珍しいものでは、消防士が使う消防斧の柄や古武道に使う木製の武器、お祭りに使う太鼓のバチなど様々な柄を作っています。今では東海地方でこの仕事をしているのは寺田さん一軒だけとなりましたが、3年前には長男の和考さんが4代目を継ぎ、親子2人で工房を切り盛りしています。愛知県にとどまらず遠方の受注も多い、こだわりの手仕事に出会います。

 

写真
佐藤正宏さんと寺田日出夫さん(右)と4代目 和考さん(左)
写真
店の入り口に並んだ“柄(え)”

 
         
 

ホーロー看板研究所

豊橋駅から、JR飯田線で豊川へ。豊川といえば豊川稲荷が有名ですが、ここにはちょっと変わった不思議な建物がありました。琺瑯(ほうろう)看板のコレクター佐溝 力さんの博物館です。集めたホーローの看板の数は、なんと6000枚。佐溝さんはトラックの運転手をしながら、東海地方を中心に40年以上かけて、全国から集めたそうです。ホーロー看板には宣伝効果を高めるための工夫がたくさん。履くだけで頭がよくなる、「○○靴」。「仁丹」の看板に隠された秘密とは?

  写真
ホーロー看板に囲まれた不思議な空間です
 

 

愛知県東三河に残る“時代の玉手箱”には、たくさんの笑顔があふれています。あなたも豊橋駅が近づいたらふらっと降り立ち、懐かしい街並みと暮らしを訪ねて見ませんか?
 

Copyright(c)TVMANUNION,Inc.,YTV
Allrightsreserved.