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みどころ

 
         
 

今回の旅人は、「遠くへ行きたい」2回目の登場となる原日出子さん。連日猛暑のつづく東京を抜け出して、森と小川の流れる高原を旅します。向かうのは長野県、南信州の開田高原。

御嶽山(標高3067メートル)の北東麓に広がる旧・開田村は、古くから“木曽馬”の産地として知られてきたところ。原さんはご主人が仕事を通じて乗馬に縁が深く、お子さんたちも乗馬クラブに通っていたため、馬には以前から興味があったといいます。御嶽山の雄大な姿と白樺林を背景に、木曽馬たちが草を食む光景には心癒されることでしょう。

今回はこの木曽馬の里・開田高原を振り出しに、木曽路の宿場町で行われる“天下の奇祭”に立ち寄り、赤沢渓谷の美林を走るトロッコ列車にも乗る、“涼”を求めての夏休みの旅です。

 

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木曽馬の里

“木曽馬”とは、北海道の道産子(どさんこ)、宮崎県都井岬の御崎馬などと並び、現在日本に8種しか残っていない在来馬の一種。本州では唯一の在来種で、鎌倉〜江戸時代にかけては武士の馬として重宝されたという由緒ある馬です。絶滅が危惧されており、現在およそ160頭が保護育成されていますが、そのうち60頭がこの開田高原で飼育されています。

昭和30年代まで、木曽馬は農耕馬や運搬用として人々の暮らしになくてはならないものでした。しかしその需要がなくなった今、木曽馬の新しい役立て方をさがし、もっと世の中の人に知ってもらおうと模索している方が、開田にいらっしゃいます。木曽馬の飼育・保護に務める「木曽馬の里」中川剛さんを訪ね、木曽馬とのちょっと変わった交流を教えていただきます。

 

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胴長短足で穏やかな性格が特徴という木曽馬。実は戦国時代の馬は皆こんな姿だったのだそうです。写真
普通の乗馬体験とちょっと違うのが、この「ホースセラピー」。馬の背中で揺られながら、様々なポーズを取るのです。しかしこれがいったい何にどう効くのか…?

 
         
 

県宝 山下家住宅

“木曽の御嶽 夏でも寒い〜”と木曽節に歌われた御嶽山の麓・開田は、標高1000メートルを越す寒冷高地。その昔、農家は作物に期待できず、確実な現金収入は木曽馬の飼育だったといいます。

最盛期には人口よりも多い数千頭の木曽馬が飼育され、農家の暮らしを助けていたと云います。その中心だったという大馬主・山下家のお屋敷が、長野県宝として今も保存されています。中に足を踏み入れれば、そこかしこに馬とともに暮らした人々の工夫が詰まっています。

 

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間口11間、奥行き8間、本棟造りの立派なお屋敷です。
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ここで馬と人が共同生活をしたのだそうです。

 
         
  開田名物 とうじそば

冷涼な朝霧や夕霧に包まれ、寒暖差の大きな開田高原は、水はけのよい火山灰地も手伝って、昔からとても風味豊かなそばが育つことで有名でした。今でも冠婚葬祭やお正月に欠かせないというのが「とうじそば」。最近では地元の旅館や食堂でも名物になっているそうですが、一体どんなものなのでしょう?

 

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地元のお母さんたちの料理教室に混ざって、開田名物「とうじそば」を披露してもらいます!

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これが「とうじそば」に使うという「とうじ籠」。開田では、一家に1つや2つはあるという必需品だそうです。しかしこれをどう使って、おそばを食べるのか?

 
         
 

天下の奇祭「みこしまくり」!

開田高原から下って、旧中山道の宿場町・福島宿へ出ます。ここでちょうど行われていたのが、毎年7月に行われるという「水無(すいむ)神社例大祭」。御輿行列が町を練り歩くのは全国どこにでもある夏祭りと同じですが、その後が違う。なんと御神体である御神輿を転がして、最後は壊してしまうというのです!これが“天下の奇祭”と呼ばれる由縁。しかし巨大な御神輿をいったいどうやって転がすというのか?それは何のためなのか? 興味は尽きません…

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昔ながらの町並が残る福島宿。
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夜の10時を過ぎてクライマックスを迎える祭りの熱気!なんと人が2人も乗っちゃってマス。この後、御輿はどうなるのか!?
 
         
 

赤沢美林へ

福島宿を後にして、お隣の上松(あげまつ)町へ。上松はかつて、周辺の山々で伐採された木曽五木(ヒノキを中心に、サワラ・ネズコ・アスナロ・コウヤマキ)の集積所として栄えた町。特に上松から40分ほど山中へ入った赤沢渓谷では、冷涼な気候のため硬くて丈夫な檜が採れ、神社仏閣の建築材として大変重宝されたそうです。樹齢300年を越す木曽檜の天然林に覆われ、木曽川の支流・小川が流れる赤沢美林を歩きます。

 

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かつて林業で栄えた赤沢の檜林。現在は「赤沢自然休養林」として国に保護されています。

 
         
  森林鉄道記念館

この赤沢を含む木曽谷には、かつて総延長500キロにも及ぶ「森林鉄道」が走っており、大正時代から昭和50年まで木材搬出のために活躍したといいます。当時実際に使われていた様々な車両や機関車が展示保存されているのが「森林鉄道記念館」。木曽谷の林業と、森林鉄道の歴史についてお話を伺います。

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大正4年〜昭和35年に活躍した蒸気機関車「ボールドウィン号」。変わった形の煙突には歴史の必然性があったのだそうです。
 
         
  赤沢森林鉄道

蒸気機関車が引退した後、森林鉄道はディーゼル車へと変わり、昭和40年代の林業を牽引しました。やがて輸送手段がトラックへと移行し、その後林業の衰退とともに廃止となった森林鉄道ですが、渓流沿いの1.2キロが、昭和62年に観光列車として復活。現在も多くの観光客を乗せて、赤沢美林を走っています。

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森と川のせせらぎ、トロッコ列車ののんびりした走りをお楽しみください。
 
         
  高原と木曽馬、宿場町と天下の奇祭、赤沢美林とトロッコ列車…見ているだけで涼しくなるような風景の数々。ちょっと贅沢な夏休みの旅です。   写真  


 


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